木曜日, 2月 05, 2009

昨今のMMORPG業界

まぁ、10年以上続いてるしね。そろそろ色々な意味での淘汰が始まるのかなと思ったり。

私の場合、UOで家がどんどん減ってるとか、そういうもので過疎が始まったとは思わない。現実問題としてはUOの場合、家保持アカウントは減少傾向にあるかもしれないが、実際のアクティブプレイヤー数はそれほど変わっていないと見る。平均アクセス時間自体は減少かと。
あれだよ、ワークシェアリング的な状態になってんじゃないのと。

そんな事より深刻なのは、プレイヤーがテンプレート化を望み過ぎてるって言うか、マニュアルでの定式化を強く望んでいる様に見受けられるという「心構え的なもの」の変質である。
DPSとかスキル構成の最適化を行う人々は昔っから居たが、最近はどーもその最適化は他人任せで、自分はそれをなぞってるだけの様な・・・そういうプレイヤーが増えている様に思う。
UO以外のゲームでは、殴りアコとか「もう、こうやって育てろ」みたいな定式化が進んだゲームもある。UO職業案内所みたいなコンテンツは割りと多く見受けられるファンサイトコンテンツであり、それに慣れちゃってる(=自分で悩まない/テストを行わない)ユーザーが結構UOにも流入しているのかと、そう思える。そう考えると白豚の隆盛はプレイヤー層の変化の兆しであった可能性もありますな。

然しながら、これは最終的に「Lvゲーと同じアプローチ」じゃないのかと。スキル上げは結局のところ彼らにとって「レベリング」と同じ作業であり、LvカンストしてからRAIDなどの作業に没頭するのがゲームだと思っている層には「スキル上げ=苦行」と思われている節も無いではない。だから簡単にスキル上げる方法には耳を傾け、最終装備(多くのLvゲーの場合、クラス毎にある特定の装備状況が「最強武具」として設定されている)を集めることに終始しちゃうのではないかと。
誠にもって申し訳ないが、それやるならもっと、その・・・最初期からレイド等のシステム組み込んで設計されたゲームの方が、その、なんだ・・・最適じゃないかなと。ぶっちゃけUOのレイドシステムは上手く機能しているとは言いがたい。また戦利品も「他ゲー」に比べるとあんまりレアじゃないし。
で、やってみるとアレな感じであり、アレな感じだから引退しちゃう。ぬーん。

いつの頃からかMMORPGの醍醐味は仲間と一緒に冒険できること、なんて言説が多くなってきた。
その結果として、システムデザインにレイド(強いモンスターみんなで倒すぞクエスト)やGvGやレルム間戦争(まぁ、集団戦闘だ)等の要素が盛り込まれるようになってきている。ところがUOの場合最適化の進んだキャラはレイドなどを一人でこなす事すら可能になってしまったし、集団戦闘に関してはウザいのかなんなのかあんまり盛り上がってない。
うーん。
目指すものとその為に必要なものが正しくリンクしていないと、いうか。

実際に行動起こしているのかどうか分からないが、PvP方面に対するテコ入れも結構計画に上がっている。なんか、こー・・・失敗するんじゃないかなぁと。武器のバランス調整行うって話もあったが、今のUOの武器システムでバランスきっちり取っていったら、武器はグラが違うだけで結局みな同じという結果が出てきそうで正直怖い。もし本当にキッチリバランス取れたとしたら、それが返って武器の個性を失わせる結果を招いてしまいそうな感がある。正直今のパラメータ数では膨大な数の武器防具の差別化は厳しいと思うし、ノーマル武器の差別化が成功したら、今度は魔法効果の修正も行う訳だろ?
・・・10年掛からないか? それ。

UOの割と単純なゲームシステムでも、システムそのものを学ぶのが面倒という層には恐ろしく難解な壁になるとは思う。結果として既存の情報にすがるしかなく、テンプレ構成が横行する。横行した結果としてゲームそのものの難易度が下がり、ゲームそのものの寿命が減少する。その問題は既に認知されてて、それを補う為のPvP方面への重心移動なんだろうが、PvPってタイマンならいざ知らず、集団戦アリだと動員稼げる奴が基本的に優勢となり、俗に言う乗っ取り・・・ゲリラ戦だな・・・襲撃を行う方が有利って状況になってしまう。人の集め方や襲撃を行うタイミングってどこのサイトにも記載が無いから、誰もそれをやろうとしない。テンプレ的な物がないと行動できない層が増えてきた場合、PvPに重心移す際にこんな問題が出てくると思う。(その判断の結果がトラメル登場じゃないの?)

ニコニコの運営が非常に興味深いチャレンジしてる。ニコニコ広場の事だけど、ひょっとして多数の人間で同じ場所にアクセスして楽しいことって、協力プレイそのものじゃなくて「仲間とコミュニケーションする」事なんじゃないのかな? 実は協力プレイしなくても「仲間/他人とコミュニケーション」する事ができればそれはそれで楽しいんじゃなかろうか? 実際には戦闘や行商やRPってのも「他者とコミュニケーションする」為のきっかけに過ぎず、戦闘が単調だろうとバランス崩れてようと、それはそれでアリなんじゃないか? (そのきっかけ作りが下手だったのが、ハビタットであったと)
死ぬほど単調であったはずのマフィン焼きやPOT生産が楽しかったのは何故なんだろう?
そう考えると、実は戦闘のバランス取りは実際にプレイヤーに楽しみを供給できない可能性がある。
それどころか、今開発側がやってる事(各種のバランス調整)が徒労に終わってしまう可能性すらあるのではないか。
一緒にソーサリアの空気を吸ってること自体が楽しい・・・もしもUOの本質的な楽しみの根源がここにある場合、もっと広げて考えて「MMORPGの楽しみは、同じ時空間を占有することである」であるとするならば・・・

UOほど多種多様な「他人との係わり合い」を創出可能なゲームは極めて少ない。多くのゲームの場合には戦闘システムに依存して各種の行為の動機付けが行われるが、UOは必ずしもそれを志向しない。(戦闘関係ばっかりに改変されつつあるけどね!) これは得がたい資産であると思うし、UO潰す事は金の卵生むガチョウを絞め殺す行為と同質である可能性すらある。

また、UOは昔っから戦闘以外で他者に何か働きかけるというシステムを軽視してきた傾向がある。
言い換えれば、システムは行為者の「操作の楽しみ」を与える事に執着し、行為者を眺める人々に楽しみを与えるシステムをほったらかしにしてきた。
料理スキルが物作りスキルで「作成行為が楽しい」と仮定しよう。色々な原材料を集めてきて、こねて焼いて盛り付けて・・・しかし、その一連の動作は僅かなSEぐらいしか伴っておらず、それを見ている人には何やってんだか分けわかめであると。突っ立っているだけにしか見えませんよと。
作成されたものもNQかHQか銘入りでしかなく、それを食ってのリアクションは「受け手側の妄想エンジンの出力次第」である。
鍛冶にせよ何にせよ、他者からは「そこで何してるかワカンネ」という状況はコミュニケーションを促進するだろうか? そこに「他者から見えるアクション」があった方がリアクション取りやすいんじゃないかな。


妄言の類だからこの辺でとめて置くけど、我々はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない!(By キバヤシ@MMR)
前提条件から、見直した方が良くね?

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