日曜日, 7月 18, 2010

ネガティブ・コミュニケーション

TCでの超竜討伐、乙!
で、Twitterで知ったのだが、セキュアからアイテム抜き出して捨ててるバカがいたらしい。次回以降はそれなりの対策を練る必要があるとは思うが、普通TCみたいな場所で財物弄るとは思わないよな・・・その辺の責を問うのは少々酷ではあると思う。

で、今回は「何故、ウザプレイに走る人がいるのか」と言う汎用的な考察である。汎用的な話なので勿論一部のウドン王子や家PKのアホにも関係している部分があると思うが、元々これらの考察の元となっているのは10代後半から趣味で始めた新新宗教ウォッチである。正直彼らのプレイに関しても「90年代の遺物だな」ぐらいの感想しかない。あーあー良くある。良くある中二病のこじらせ方だな、みたいな。

1.人は人から無視され続ける事ができない
人は基本的に俗界との接触を一切断ったまま生活できない生き物である。ニートしてたって食事を運んでもらわなければ飢えて死に、引き篭もってもTVやネットなどの外部接触手段を一切持たなければ「退屈で死ぬ」だろう。だからこそ現代の刑法では「独房」等を使用している。拘束衣を着せて独房に入れることはかなりきつめの刑罰であると思う。下手すれば精神病むだろう。
で、他人と接触を持つと言うことは人の言う事を聞くだけではない。ある種の自己主張や自己表現も人間の根本的な欲の一つであろう。自分を受け入れて欲しい、愛されたい、人から好かれたいというのも非常に根源的な人間の欲の一つである。この欲を持たない人間というのは、実の所存在し得ないと思う。
だが然し、世間は非常にシビアなもんで・・・正直どーでもいい他人という存在は確かに存在する。MMO RPGで言ったら町を町と認識させるために配置させてるどーでもいい一般人NPCみたいな。枯葉も山の賑わいの枯葉であったり、そこを森林であると表現するために置かれたどーでもいい一本の木の様な、そんな存在。
普通は誰しも特定の人物にとってそれらの「どーでもいい状態」の存在であることが多く、ある特定の集団においてのみある種の意味を持つ存在となっている。例えばMMORPGなんかで言うと、孤独民なんて呼ばれているのがそんな存在であるかと思う。しかし普通はUOで孤独民してても実生活では職場の戦力だったり、両親の愛の結晶であったり、何らかの意味をどこかで持っている。仮想・現実を通じて一切の社会性を持たない存在なんてのはそうそう存在し得ないはずなのである。そして多くの場合仮想現実よりも実際の現実(おかしな表現だなw)の方が各種の制約が多く、社会性を構築しやすい筈なんだけど・・・他人との関係性を築くといってもそれらが全て自分にとって望ましい状態であるとは限らない。ぶっちゃけ現実世界で激しく使えねぇ人間とか、カスとか、何で生きてるの? 死ぬの? という存在になることもあるのだ。孤独民だけどそれは仕事の関係でリアルがめっさ忙しく、頼られまくっているのでUOでのアクトが低い・・・って人も居れば、孤独民かつ実生活でもちょっと同情を禁じえないというか、ぶっちゃけはなまるうどんしか食えないような社会的弱者も居るだろう。前者は精神的に安定した孤独民に成り得るが、後者は実生活と仮想生活でルサンチマンを溜めまくってグルグルグログロな恨みつらみを熟成させて行く。
で、後者の連中がどーなるかって言うと・・・逃げるのである、現実から。

2.げんじつとーひ!
人から受け入れられたい、愛されたい、自分の居るべき場所を得たい・・・でも無理。
悲しい事に、人から受け入れられる方法、愛される方法、自分の居場所の作り方・・・そういう「人が人として生きて育ってれば、十何年かの経験で自然と体得するようなもの」をご存じなかったり、やり方忘れてたり、やってみたけど失敗しまくる愉快な人々が居る。
人との交流を重ねる事が出来ない関係上、そういう連中は書物や各種の情報を集める傾向が強く、ルサンチマンや自尊心を守る関係から「俺の崇高な/特殊な/神から祝福されたアレは、一般の愚かな人民には到底理解できないものである」なんて事を考え出したりする。そっから先は色々なパターンがあるが・・・
「宗教に逃げる」
宗教というのは人間世界の尺度よりも神とか高次の存在の尺度を「より優位なもの」と定義付け、その「より優位なものの尺度で俺優位な値持ってるから、俺スゲェ!」と、こんな愉快な事を考え出す連中を量産しかねない危険性を孕んでいる。オウムなんかは高学歴の連中が多数参加していた事で物議を醸していたが、高学歴で「少なくとも学生時代は一般社会尺度で成功者」だった連中が、実際に社会に出たら「箸にも棒にもかからない屑」扱いされて落差に悩み、自尊心を満たしてくれる宗教に参加したってのは凄く自然な成り行きである。もっとも「普通は」その落差の中で悩み、新しい自分の立ち位置とかを構築していくもんなんだけど。
いわゆるカルト等の連中が世界相手に戦争始めちゃうのもこの辺の「中二病由来の精神的悪性新腫瘍」をこじらせた結果と見ることも出来るだろう。宗教勧誘とかする連中が何故か高みから見下ろすように論述展開するのも、この辺の構造が影響を及ぼしているものと考えられる。私がターゲットとしている新新宗教の連中が入りたての連中に街角で宗教勧誘させるのも、「他人に教える」という行為がある種の優越感を与え、誤解(まぁ、連中の意識からすると悟りとか気付きなんだろうけど)を生み出す可能性が高いからである。受け入れられなくても「普通の人には理解できない難解な教えを理解している俺偉い!」と受け取るから、能天気な連中というのはもう本当に「打つ手なし。残念ですが、手遅れです」と匙を投げるしかない。

さて、ここで鋭い人々は気付いているかもしれないが・・・実は世間に蔓延ってるPub16至上主義者(のウチ、実にどーでもいいバカ連中)の主張の何割かは、上記の新新宗教とかにはまった連中の病状と実に奇妙な符号を見せている。
お前らの知らない素晴らしい世界がかつて存在し、その素晴らしい世界で俺は優位な立場にあったのだ。その頃俺は沢山の盟友と共に・・・(中略)・・・確かにAoS以降、友人も減って孤独民になり、以前の知識は役立たずになって(また中略)・・・だから俺は凄いのだ!

最近はいい薬も多い。病気ってのは精神/肉体問わず早期発見すると治りも早いから、出来るだけ早目に治療した方が良いと思うんだ。
そんな馬鹿な! とか反論受けるかもしれないので、傍証置いときますね。
*宗教にはまる連中は、自分の宗教が世界で最も価値がある真実だと思い込む。Pub16論者と同じ。
*価値判断基準は主観による。客観ではない。信じないものには通じない神学である。
*他者に対してやたら自身の優位性を喧伝する。現在現実の状況を積極的に否定する。
*自分と同じ考え持たない連中はバカ扱い。愚か者だと思ってる。
*自分と同じ考え持った人が少ないのは、社会が悪いと思ってる。自説に説得力が無いとは露とも思わない。

イキの良い反論を待つ。
さて、本稿の目的まで全然たどり着けない・・・少しスピードアップしよう。

まだ宗教のように逃げ込む場所がある連中は良い。存分にハイブリでも無名のエミュ鯖でも好きな所に逃げ込んだらえー。フェルッカって言う隔離施設もあるから存分に活用して欲しい。(連中は逆だって言うんだろうけど、今どう考えても全世界通じてトラメルルールの面積の方が大きいよね? 現実見ようね!)
でもまぁ、逃げ込んだ先が実は独房だったと気が付いちゃうと、一部の連中は雑居房ではなくシャバを目指して這い出してくるのである。で、這い出してきても一般社会ではゴミ屑扱いで路傍の石ころ、どーでもいい存在であるという現実に耐えられず、その社会に溶け込む方法をまるでご存じない連中はどうなるかというと・・・なんか変な啓蒙主義者になるのだ。ホントウのブリタニアを教育してやるとか、お前らに本当に楽しい事を教えてやんよ! みたいな事。
ただ単にそれで論をぶつだけならば、説得力があればフォロワーが付くし、無きゃ自然消滅するので害は無い。しかし倫理や善意としての紳士協定を無視してネガティブ・プレイでコミュニケーションをするという方法が残されているのがこれまた困り者。そうなるとこっちも彼の行動に対する否定意見を出来るだけ人々に受け入れられる方式で論述し、彼らの行為が単なるウザ行為でしかなく、そんなやり方で大衆支持が取り付けられることは無いという事を淡々と、時に激しく、時に彼らの自尊心を木っ端微塵にするような形で、あるいは彼らの取るネガティブ・コミュニケーションを利用してよっこいせ、うんとこしょと叩かねばならない。何故かというと目障りだからである。俺にとって。

たまーに自ら社会的弱者である(でも、UOでは優位であるという自己主張は見え隠れしているよな!)というATフィールド張って防御姿勢を取ってる奴もいるが、世間様は弱者であれば叩けない心優しき人ばかりではなく、弱者であっても強者であっても、そこに理論的矛盾があればやたら噛み付く狂犬の様な人間も存在する事を覚えておいてもらえると非常に助かる。非常に紳士的で、見た目には慇懃無礼で無垢な新興宗教の勧誘に対して完全にいじめっ子の立場で対面してボッコンボッコンに論破して回るのが趣味だった人間から見ると、ネットでの主張潰しは凄くたやすい事のように見える。

世間ではウザ行為してくる連中に対してどの様に対応していくべきか悩む人も多いように見受けられるが・・・徹底的にその論を潰しまくり、彼が「そう思われたい自分」として設定している姿をとことん否定して、同調者が増えていく様をリアルタイムで見せつけ、「こいつを叩くと自分が物凄い被害を受ける」という犬の躾のような事するしかないんじゃないかなぁと考えている。
徐に「はなまるうどんのかつおだしの匂いがするんすけどー」と言ってみるとか、「夏場はお前のキャラからも腐臭がするですー」とか、「最近元気ないね、夏バテ? それとも人生にバテた?」とか、「ああ、現実世界では成功している設定だったね、ヨーロッパ旅行に出かけた設定ですか?」とか、「うわーネタ的キャラ付けの為にひと夏無駄に出来る根性が凄いわー・・・結果的に無駄になっただけだろうけど!」
・・・と、「ここもお前の居る場所ではないので巣に帰れ」と教えてあげるしかないと思うんだよねー


自衛的防壁
良く私のことを声がでかいとか色々言う人を見かけるが、声はでかくない。ただ単にある種のエンターテイメント性というか「面白さ」と「判りやすさ」を志向して、人々に受け入れやすく同調しやすい論述できるのが私の面倒くささの由縁である。もしも対抗する人に同種の能力と若干の優位性があれば、私は非常に容易く論破されるだろう。
逆に言うと、私に論破される連中というのは面白さも判りやすさも考慮せず、人々に同調しやすく、受け入れやすい論述が出来ていないだけである。文章構成能力とか論述能力が低いのだと思います!
(こんなに無礼キャラでハンデ付けてあげてるのにねー?)

土曜日, 6月 26, 2010

しかしここでは煽らない

ベインの選民だかとオフィディアンの戦争真っ盛りでございますな!
今回のイベント、中々面白い構造だと思う。最初は珍しいものでPCを釣り、戦争激化に伴って「動員数を増やす」事が戦争の鍵を握ると。UO戦闘のキモは「数こそ暴力」という部分にある。PvPでは数が多いだけでは全然意味をなさないんだけど、PvMでは厳然とした「数の暴力の理論」が成立する。

するとどうなるかというと、劣勢に立たされた方の「扇動家」が必死にポンポコポンと扇動をしなければならないのである。これはWebでの呼びかけという形を取り、或いはゲーム内の広告宣伝・・・まぁ、撒き本ですな・・・という形で人々の目に触れる。ぶっちゃけUOの活況を外部に宣伝することが出来るのである。
しかも劣勢に立たされている方というのは・・・詰まるところ利の薄い勢力であり、利の薄さを理でリカバリーする必要性があるわけだ。勢いその文章は情に訴えかけたり、魂を揺さぶる系統の言葉でならなければならない。


そう言って開発陣は我々「扇動屋」をこれまた扇動しているのである。
その意図を知った上で、ちょこちょこUO界隈をかき混ぜるような投稿を繰り返してみている。
実際ちょっと興味あるしな・・・果たして言葉の力で実利をひっくり返すことが出来るのかとか、自分自身の扇動能力はどの程度のもんなのかとか。

なんの偏見もなく、普通に眺めてみれば今回の大筋も「徳とは何ぞや」系の話に帰結し、マジンシアの再興に対してかの都市の象徴である「謙譲の徳」にフォーカス当てたストーリーが語られるであろう。10中9ぐらいまでベインが悪党で、アビスドラゴンとか厩舎に入れてるとあるタイミングで厩舎の中の生物みんな噛み殺すとか、なーんも考えずにこれいいもんだーラッキーとかやってる連中に清算を求める結果になると思う。町潰したり、地形変えるほどの大変革を今まで起こしてきた事を考えれば、ベイン勢力の連中(&その追従PC)が最終的に強制F暮らしになるぐらいの事が起きても私はさほど驚かない。


実利に浮かれて今までなしてきた事、そしてその結果を思い出してみれば、今後のストーリーも見えて来るのではあるまいか。良くも悪くも歴史は繰り返すぞ。

日曜日, 6月 13, 2010

錬成に思う

錬成っつースキルが入ってもうすぐ1年。錬成を早々にレジェンダった諸兄は練成品をバンバン売りさばいて儲けて儲けてウッハウハウハしているだろうか?

何? 錬成上げたはいいが、何して良いか分からない?
論外である。錬成スキルの有用性やその活用法を把握する為には戦士職とかの戦闘職作ってとことん強い敵と戦ってみるしかない。出来れば白豚じゃないほうがいいぞ。そこでどれだけ安価に有効な装備が作れるか考えてみるといいかもしれない。バカみたいにAll 70でマナコス-40 命中回避カンスト装備作ってる場合じゃないぞ。

練成品が売れない?
簡単な話、あんたが売り手の事を見ていないからだと思います。商品作る際にそれがどんなキャラ用のもので、どんな使い方に向き、どう使うのがベストかとか考えてる? 白豚さんに最高の武器だって? 強い白豚さんは多分装備拡充のためにとっとと錬成師作ってるから貴方から買わないと思うよ。
ちゃんと「誰に売りつけるか」考えて作ろうな!

何と言うか・・・1年経ってもこんな感じなんだろうなぁ。
練成品の買い手は錬成師作るの面倒だし戦闘仕様分からない人だと思う。戦闘仕様を十分に理解し、錬成師がどんなに有効な武器/防具を作れるか分かってたら、そりゃ錬成師作るだろうよ。錬成師ってバランス激変させる可能性を秘めてるもの。
なのに仕様を把握して強い戦士を操作している人向けに装備作ったって売れる訳が無い。農家に農産物売りつけようとしているようなものである事に気付け。そんな中で錬成師として名を上げるのであれば、それ相応に戦闘仕様を把握し、戦闘を教えるぐらいの事せにゃいかん。或いは購入希望者に対して彼の戦闘スタイルと異なる戦い方を提示するとか・・・まぁ、アドバイスの一つも出来ないと不味いわな。

そもそもなんで「貴方から買わないといけないのか」
別に多少UOで遊んでれば、知り合いに1-2人は伝説錬成師いるだろうよ。それらの「知り合い」ではなく、なんで「貴方」に依頼せねばならないのか? 言った通りに錬成するだけなら誰でも良いよな? て言うか、自分でやった方が早いよ(苦笑)
・・・ということは、逆に「言った通りではないが、それがよい方向に働く」練成物作成者にならないと、貴方は選択肢に入らないわけだ。練成物が売れないのは貴方がそういう唯一無二の人ではなく、どこにでもいるどーでもいい錬成師に過ぎないからではないのか? 錬成品が壊れにくい? 耐久度? そんなん関係する訳がねー。ぶっちゃけ今の状態で「売れない売れない」を連呼しているだけのバカの所には、例え錬成品の消耗速度が異常に速くなっても仕事なんて回ってくるとは思えない。だって、彼に頼む必然性がどこにも無いんだもん。いいもんだから売れるとか、必要なものだから売れるとか、どうしてそんなにアホチンな考えが発生するのか? いいものであっても、必要なものであっても「それは他人でも作成可能なものなのだから」、貴方から 購入する 必然性は どこにも無い。貴方から買う必然性が無いのだから、貴方の売り物が売れないだけだと何故気がつかないのだろう?


数多くのライバルがいる中で、ただ単に物作ってりゃ売れると本気で思っているなら救いようが無い。
何でも自由に出来るからこそそこに他者との差別化を計る「何か」が必要になる訳で、その何かを持ってない人は何時まで経っても供給者になれないと思うぞ。

某所の連中に言っておきたいんだが・・・もしも錬成素材が希少価値を持つなら、戦士が戦利品を高額で売るか、自分で集めて知り合いに頼んで作成するだけになるぞ。なおの事「知り合いではない誰か」に頼み難くなるだろう。錬成品の消耗速度を速めるのであれば、それ相応に価格帯も下げないと話しにならない。1年使えたある製品と、半年しか使えない製品が同額で売れるわけねーだろ。速攻錬成品が磨耗するなら、戦士大スキーのアカウント内に錬成スキル持ちが常駐する効果しかもたらさないと思うのだが?

売れない理由を外部に求めている辺りでそもそも話にはならないと思う。

木曜日, 4月 01, 2010

書写スキルでポポンポンポンすんな!

Twitterで色々書いた結果として、凄くBlogにまとめるのが億劫になっている私です。
世間一般では4月1日はエイプリルフールなのですが、死と真実のルーンを守るフマクト信者に四月バカは無いでございます。(ここまで挨拶)

でだ。

今度のPubで書写スキル持ってると詠唱集中と同じ効果が得られる(ただし、GMで5%)という仕様が発表された。
まず、詠唱集中だが・・・呪文を唱えている時って、ポコンと殴られたりズビズバと魔法打たれると詠唱が中断して唱え直しなわけですな。詠唱集中っつー機能は、ある一定パーセンテージでこの詠唱中断を防ぐ事のできるプロパだよと。SAAFなんかでもこの機能持ったアイテムあるよね?

で、私の主張は「何で生産スキルであるはずの書写技術修めたらこんな機能が付くネン?!」である。
Izmのメガネは「今創作の神が降りてきたから 邪 魔 す ん な !」的な勢いで集中できるんだよと言っていたが、書写スキル持ちは書写スキル持ちであって作家ではないのだ(兼任することは多いと思うが) Reject!
満月な人は「書写スキルは魔法に詳しい云々~」と言っていたが、スクロール書くときに実は魔法スキルは要らないのである。実際さっきソウルストーンでPireminの魔法スキル抜いてリコスク書写してみた。超大丈夫。書写スキルは書き写すだけのスキルであり、魔法知識とかかんけーねー! である。

何がしかのスキルを修める事でこの様な機能を備える・・・という部分に関しては異論は無い。GMで5%しか付かないなら別に大きな影響は与えないだろうと思ってはいる。じゃーええやんけと思う人も居るかもしれないが、私は生産スキル等の「明らかに戦闘と関係ないスキル」を戦闘に関連付けて価値基準を制定し、体系付ける事が物凄く嫌なのである。それは価値判断基準を戦闘で有利/不利という一つのものさしに統一していこうとする方向性であり、多様な価値観であるとか、多様性と真っ向からぶつかる思考方式だからだ。
世間では良く多様性だの価値観だのの「字面」にだけ惑わされて、それが素晴らしいステキでかっちょいいものだと思い込んでる人が多い。んで、実際にはその字面信奉者は「リフブレ以外カスだから、武器をもっと調整しろ」とか「乗りドラ以外は使えないから特徴作れ」とか言い出すのだから私は天を仰ぐしかない。
武器の多様化? お前ら完全にリフブレ互換で絵とカテゴリーだけ違う武器出されたら満足するのと違うか?
乗りドラ以外にもかわいいラマとか軽快そうなオスタだとか安定感のナマコ、ある意味機能的なゴキども、ケツが熱いぜファイアスティード・・・等の「乗りドラの評価軸とはちょっと別の方向性で価値が存在する」他のもんには目を向けないのである。
実際に多くの人が「多様性」だと思っている物は実際のところ多様性でもなんでもなく、要するに「もっと使えるもん出せ」という話に過ぎない。何でそうなるかというと彼らの価値判断基準が「戦闘で有利か否か」というひじょーーーーにシンプルな物でしかないからだ。

ぶっちゃけ、元々UOは戦闘以外も色々できると言われているが、何だかんだ言って戦闘で強いということはある種のステータスなのである。全体的に戦闘で有効/無効という価値基準体系が蔓延しており、それ以外の価値判断基準は割りとほったらかしであるのだ。
随分前から「多様性を根付かせる為には価値判断基準を複数用意し、戦闘という価値判断基準を相対的に軽くするべきである」という意見陳述を行い続けている。参考 参考
UO公式ファンサイトの中でも数少ない戦闘関係のファンサイトでありながら、私は戦闘という価値判断基準に全てを関連付けるという方式に疑問を持っている。ぶっちゃけそれやって全部戦闘に関連付けたとして・・・UOの戦闘システムはどーあがいても最近開発されたMMORPGに勝てそうに無いのである。根幹システムは(AOSで多少モディファイされたが)10年以上前のものだ。幸いにしてUOは戦闘だけではない部分も存在したのでまだ独自性を保てているが、全部戦闘とかになったらUOなんぞ10年前の遺物だぞ? ちょっとでも他のMMORPGを弄ってみれば分かると思うが、絵は綺麗だモーションは多用だ3Dだ水面が綺麗だ敵がごついわ戦利品は底なしで高騰するわ・・・「戦闘だけで他ゲーと戦ったら勝ち目ない」っつーネン。なんで勝ち目の無い方向性に向かいたがるんだ? 他ゲーが疎かにしていてUOが得意とする「日常」とか「生活感」とか強化すべきじゃねーの?

余り使用されていないスキルに日の目を当てたいと言う開発の気持ちも分かる。戦闘以外の価値判断基準を打ち立てるのは凄く困難な事で、そんな事に開発リソース使えない「手っ取り早く、誰にも認められる形で有効性を出すには戦闘に関連付けるしかない」という気持ちもある程度分かる。そもそも価値判断基準なんて人の心の問題だから、人の心をそう簡単に別の方向に向けさせるってのは確かに無理臭い。

だが、その無理を押してなんとしてでもそういうものを作り上げないと、10年先のUO無いぞ。
非常に困難な仕事である。だからこそ(断言しちゃうが)他のMMORPGがその方向性を追求する事は無い。単純にそんなことにリソース裂いて新しいゲームのイニシャルコスト消化できないのは素人目にみても良く分かる。10数年という長い長い年月の中で、ちょびちょびそういう方向性を少しだけだが築き上げてきたUOだけが、「チームめんどい」みたいなヘンテコな考え方する連中が住み着いちゃってるUOだけが、バシネットと棍棒担いで「Yes?」とか言って遊んでる連中が盛りだくさんなUOだけが、今数多あるMMORPGの中でUOだけがそういう地平を切り開く最前線にいる。しかも後続は多分来ない。

この未開の大地を切り開けば、そこはもう確実にUOだけのものだ。

何故戦闘平原という群雄割拠の世界でシェアを狙う?
そこに10数年前のスパゲティープログラムと立ち上がるのにも「よっこいしょ」と言い出す古参UOメンつれてどれだけの成果が上がるというのか?
戦闘平原での我々の領地はほんのちょっとで大丈夫だ。その背後に強い日差しを遮る「生産の森」を抱え、作家業の丘のほとりには釣りキチどもの集う湖があり、湖の上にはガーゴが船と戯れる姿があり、エルフは相変わらずアホな顔して弓を作る・・・UOのライバル連中には戦闘平原での戦闘しかないが、UOだけが平原以外の素晴らしい景観を手中にすることができるのだとしたら?

戦闘だけに全てを関連付けないで欲しい。
今やるべきは「戦闘以外の価値基準の創設」であり、及ばずながらその点においては私もAre you with us? らせて頂く。

そういうことをしたくて、手伝いたくて、今でもUOで長々ながーーーい文章書いている。
私は、本当に、そういう世界で遊んでいたいのだ。

月曜日, 3月 29, 2010

エミュ鯖を考える

まず最初にお断りしておくが、戦技研のTopとして利用しているエキサイトBlogにエミュ鯖ネタ書いたら速効削除する。扱いはエロコメントと同じ。戦技研はUOの公式ファンサイトとして作成整備されている物であり、それ以外の何かではない。
また、例え論調が糞真面目で非常に役立つ物であったとしても、コメント投稿にエミュ関係のLinkが張られているなら同様に扱う。まともに話し合いをしたいならエミュ関係データへのLinkを外せ。

この様な処置がファッショである事は十分に理解している。言論統制である。私は少なくとも戦技研においてエミュレーターサーバーでのプレイヤーに対して言論統制を行う。暴君と罵られようが、ファシストと呼ばれようが一切気に掛けぬからそう思っていて欲しい。

ただし、ここ『日々妄想』ではコメントの投稿やトラックバックを受け付けよう。恐らくエミュ鯖で遊んでる人間も「なぜそこまで毛嫌いされているか」分からぬだろうし、その否定論拠を申し述べる事はUOコミュニティーに対しても益の多い事であると思う。幸いにしてこの日々妄想は公式ファンサイトとして企画はされていないので上記のファッショを行う必要が無いのである。

まぁ、だからと言ってヤサシイコトバを掛けて貰えると思っているなら、大きな間違いであるのだが。


そもそも私個人の認識として、エミュレーターサーバーは「落ち武者村」である。
時代に取り残されて山奥に隠れ住む者どもが「我らこそX氏の末裔で~」と己の正当性をgdgd申し述べ、いつまでたっても過去の栄光から一歩前に出ると言うアクション起こさぬ連中であると。
本当にUOの事を思っていると言うのであれば、何度でも繰り返し繰り返しその「UOを良くする案」を申し述べ、必死で開発陣に訴えろ。私は既に7年近くそういう事を行い続けているが、結果として結構色々な仕様を導入してもらえている。もしもそれが届かないのであれば、そりゃ単純にあんたの案が「面白く無さそうに見えている」だけだ。プレゼン能力低いんだよ。
どうしても受け入れて貰えない! こんなに素敵な案があるのに・・・
UOにどうしても受け入れて貰えないなら、ゲームシステムデザインしてその辺の会社に売り込んでみればぁ? 受け入れて貰えないから自分らでシャード立ち上げて、ゲームクライアントと言う著作物をかっぱぐのはそもそも論としてアウトだろうよ。UOとそれを管理管轄するEAは諸君の意見にNoを突き付けている。言う事聞いてくれないからってUOパチるな。


法的な問題もそうなんだが、そもそもその様な連中の性根が私のカンに触るのだと思う。
それに比べてUOから去った連中が「より素晴らしいゲームを作ろう」と試み、残念ながら失敗している姿には感動を覚える。いずれこれらの開発陣の中から、真にUOを超えるゲームを作るクリエイターが現れるかもしれない。同じテーゼから出発したのに、なんでエミュの連中はエミュっておしまいなのか?
現状のUOで不満なら、現状のUOを超える何かを作れよ。
なんで過去のUOで満足したり、もうひとつ別のUOでお茶濁す?

異論は受け付ける。
しかし、受け付けるだけで必ずしも肯定的な意見を付けるとは限らない。むしろ物凄い勢いでDisられる事を覚悟してカモン! だ。

土曜日, 3月 13, 2010

ほっほぅ・・・

資料館のコミュニティー論
「コミュニティーとは単に人の集まった状態をいうのではなく、共通の感覚を持った人たちの集まりをいうのです。」

彼はその持論補強に英単語のコミュニティーを持ち出しているが、気が付いていないのか意図的に外しているのか・・・ある単語の存在を持ち出していない。その単語とはコミュニズム(Communism)であり、日本語で言うと共産主義である。
そもそも場に同じ意見を持った人間しか集まらないのであれば、それは伝え聞くところのどこぞ国の議会のように、何言っても全員賛成、全会一致、そして万歳三唱ハラショーになるのではあるまいか。恐らくこういう話をすると「感覚が共通なだけであり、意見が同じとは書いていない」とか言うのであろうが、そもそも同じ感性/感覚を持った人間が同じ物見て違う意見を提出するとは思えないわけで。
共通の感覚を持った人間の集団・・・それは彼の意図するものと異なるかもしれないが、共産主義社会の実現を夢見て集まっちゃった人々と同じ結果を生むだろう。恐らく異なる感覚を持つ人間はシベリア送りでKGBが思想検閲をするのだと思う。
同じ方向性で思想を統一し、同じ物を見て集団がマイナーを排斥するという意味では、実のところ民主主義政体の生み出した一つの影である「ファシズム・ファッショ」も類似の傾向を示す。異論は弾圧し、同じ意見ではないからコミュニティーから排除・・・まぁ、そんな感じだ。

詰まるところそんなコミュニティーというのはある種の意見をアクセラレートするだけの組織となり、討論のようなものが巧い具合に形成されるとは考え難い。なぜなら異論は集団の目指す方向性と異なるが為に「コミュニティー」に参加できなくなり、集団から排斥されるからだ。それは理によってではなく、感覚的に行われる。もっと言うのであれば、感情的に行われるであろう。彼らは感覚的に「正しい方向性かもしれないが、感情的に受け入れられない」提案に関しては受け入れを行わない。なぜならそこは討論やディベートの場ではなく「コミュニティー」であるからだ。彼らは異論に対して論を立てて反証し、その過程で意見を一致させていくという過程をすっ飛ばすのがお好きなようなのである。コミュニティーの総意というものは神学で言うところのセントラルドグマに辺り、疑うべきではない(それは、共通の感覚によって規定されるもので、「疑いを差し挟む余地の無い」事象であるのだろう)

以前、彼らは10人前後の意見を取りまとめただけの話を「さも、ユーザーの総意であるかのごとく」公式サイドに押し付けた。そもそも日に200~300Hitするサイトに何故10人前後の声しか集まっていないのかを考える事も無く、そこで支配的な意見が「一部コミュニティーでの意見に過ぎない」という可能性を考慮せずに、突っ走ってしまった。


よく、2chのUO本スレッドがまたーりしてる・・・という意見を見かける。私もそう思う。最近書き込みもできない状態が続いてしまって真に申し訳ない(イルイル探検隊とかの頃は、参加してたんだがなぁ)
基本的に署名のない投稿の連なりで、誰も意見の統合などは目指していなさそうに見えるカオスの中でも、結果として署名の背後にある権威とか付帯的なデコレーションを無視し、純粋に意見だけの交換を行う事である種の合意は完成するものなのだと思う。
ここで有名人の逸話を挙げてしまうのが情けない所ではあるが・・・ファインマンの著作にも、ボーアなどの大学者を前に意見を意見として扱い、異論を何も考えずにぶつけるのは僕だけだった・・・なんて逸話が出ている。純粋科学方面の討論とはこの様な「発言者などを問わず、意見をただ意見として扱い、それに対して単純な意見をぶつけ合う」姿勢が重要であると、私は思う。コミュニティー意識を強く持ちすぎたために「討論」がgdgdになるのは避けるべきであろう。
また、鼻行類という奇書が存在するのだが、その奇書の刊行後の顛末を記載した「シュテュンプケ氏の鼻行類 分析と試論」という書籍の中に、学校の教育者でありながら学問の何たるかを弁えぬバカの意見が掲載されている・・・言い方を変えると「晒されて」いる。
その人物は「権威ある大学者がおふざけでこんなもん書いていいと思ってんの!」と噛み付くわけであるが、実際の学者連中はそれこそ大笑いである。権威があるから正しいとか、皆が信じているから正しいなんて論考自体が科学という分野の中ではナンセンスで、誰が書こうとその論述内容が正しいか否かで意見を戦わせるのが、科学の手法の中では正当性のある方式である。その意見を述べるに当たって書き記された「署名」などというものは「俺はこう思うんだけど」程度の意味合いでしかない。(後は、「じゃーこれどーなのよ?」と思ったときの問い合わせ先としての意味・・・ぐらいのものか)
署名に化かされて内容を精査しない連中なんてのは、実のところ科学という分野から最も遠いところにいる。別に全ての人々が科学的である無しで有意無為を判断する必要などというのはこれっぽっちも無いのだが、現段階において思想信条信仰その他を別にしている人々の間でも、意見を理論的に構築して合意に達することができる手法が科学的手法である事は間違いない。共通の感覚をもった人間の集団をコミュニティーだというのであれば、現在世界最大のコミュニティーを形成し得るのが科学的な手法を駆使する(科学的な感覚を共有した)コミュニティーであることはまず間違いない。

この様な長々とした能書き部分は、実のところ彼が宣言する前から気が付いていた。
そしてその自分の分析結果から「このコミュニティーに属する意味は無い」と判断して、私はあそこのアカウントを削除するよう求めた。


あの場所の諸兄におかれては、語義通りの「コミュニスト」として「コミュニズム」を標榜し、共産革命でも目指すといいのではないかと思う。多分マルクス大明神のご加護があるであろう。

木曜日, 3月 04, 2010

ヒョウタンかユウガオか?

ちょっと参考事例として、うおみんに投稿した文章をこっちに採録。

これも図書館行って調べて来た。(ズーギファンガスの話はこっちにのっけた http://uomin.com/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=...)
調べた本にはこう書いてあっただよ・・・

「平凡社 世界大百科辞典」より
ヒョウタンウリ科の一年草。ユウガオの変種。一般には腰のくびれたユウガオ科の果実をヒョウタンと言い・・・(後略)

「朝日百科 世界の植物3」より
乾瓢(カンピョウ)を甘瓢とも書くのは、ヒョウタンは苦いがユウガオは甘いからである

「研究社 新英和大辞典 第6版」より
gourd
1.ウリ科植物の果実 
 a.キュウリ、スイカの果実(Pepoとも言う) 
 b.ヒョウタン(bottle gourd)の果実(Cala bashとも言う) 
 c.ヘチマ(dishcloth gourd)の果実 
 d.(英) pumpkin
2.a.ひょうたんで作った容器 
 b.ヒョウタンの形をしたフラスコ

まず、日本語の「瓢箪」からヒョウタンは草木の名前であると共に、器の名称でもある。まず、果実としてのヒョウタンだが、ユウガオ科である事は確定。本によってユウガオの変種としていたり、独立した草木であるともしている。
主に食用にするのはユウガオであり、ヒョウタンそのものは食わないらしい(苦みが強いんだそーな)
また、「容器としてのヒョウタン」だが、これはユウガオ科の多くの植物を原料として作られ得る。植物としてのヒョウタンは容器としてのヒョウタンと全く同じものではない。これ重要なんで注意。
で、翻訳をする際には、我々が指し示すヒョウタンが植物としてのヒョウタンなのか、いれものとしてのヒョウタンなのかを区別する必要がある。
容れ物としてのヒョウタンはgourd bottleであろうし、食い物としてのヒョウタンは(英語では細かく規定して無いんで)gourdに該当してしまう。
んで、今回は「食えるもの」としてgourdの語が当てられているので、厳密にはキュウリやスイカ、ヒョウタン、ヘチマ等の可能性が捨てきれないが、その画像を見る限りは「丸型のユウガオの実」と判断できない事も無い。(書名メモってくるの忘れたが、イラスト付きのアラマタ書籍でユウガオの事が記載されていたのだが、それが正しくUOのあの画像だった)
と言う事で、gourd=ユウガオは間違っていないし、そもそもヒョウタンは食わない(世界各国で容れ物として活用される植物の模様)そこまで調べたのかどうか知らないが、EAJは結果的に正しい翻訳していると思う。

で、こんな事を再掲している理由だが・・・
ツイッターである翻訳の誤訳に可能性をフィードバックで指摘しましたーって呟きみたんだけど、個人的に(知的好奇心として)興味があるぞと。また、恐らくは色々調べ物をして記載しているとは思うのだが、世間には「そんなの当たり前じゃんか」と論拠を提示しないで誤訳だ語訳だと騒ぐ連中が多いのである。一見誤訳に見える訳語も、色々調べると正しい訳だったなんて事もあるし、正しい訳を知った上で、イメージ的にどうよって話も無い訳ではないだろう。
「そんなの当たり前だ」とやっちゃうと、多人数でその語を検証する事が出来ないのだ。
多人数で検証する必要は無い。俺は正しいと主張するならそれはそれで別に構わんと言うか、穏やかに無視するから良いのだが、正直UOでも公式批判ってのはやたら燃え上がる。燃えあがってるのに焙られて、見てる連中まで燃えあがるから困ったもんだ。論拠レスなのに。

否定するなら否定論拠を明示するの当たり前だと思うんだがなぁ。
私はアイテム名称日本語化大賛成論者である。だって俺英語嫌いだもん(話せるけど)
嫌いなりに海外シャードからの旅人と話したり、実際に交流したりもする。その経験と能力とUOでの経験に照らして、アイテム名称を日本語化すると海外シャードの人とコミュニケーションできないってのは超嘘っぱちだと思う。
でも、そんなウソ臭い論も燃えあがれば大衆の支持を受ける事が出来るのだ。自論をそういう類のフレームと思わせない為にも、理路整然とした理をしっかり記載して、多数の人間の検証を受けるべきだと、私は思う。

水曜日, 3月 03, 2010

トレハンを考える

最初に言っておくが、今のトレハンつまらなくしてるのは、俺ら自身の性根である。効率化を選択して高効率を目指した途中で捨ててきたものが、ロマンだったり楽しい時間だったりというだけの話。
いつでも我々は色々な選択をしている。
選択の結果がこれだ。そこを念頭に置いて欲しい。

でだ。
個人的にはトレハンを面白くするのに強いガードモンスター出すだの、戦利品強化するだのの対策は良い事ではないと思う。どうせL7トレハン作ってもL7トレハン地味にソロでクリアする連中は出てくるし、戦利品だって半年ぐらいでどーせ飽きるがな。
そうはない改革が求まれているのだと思う。

結局何が問題かと言うと、システムを解析されてしまうからアレなのであろうと。
ではどうするか。
今までのシステムvsPCの構図から、PC vs PCに変更しかけるのがいいのではないかと思う。
Twitterで出てた案としては、PCが能動的に宝物を埋めることができる仕様がいいよと。
正直「ただ埋めるだけ」ではPKをがっかりさせる会のような団体が盛り上がるだけであまり面白くないと思うのだ。結局仕掛ける側の善意だのエンターテイメント精神に依存する訳だよな?
エンターテイナーにだけ重荷を負わせるのはドンなもんか。
欲望に対抗するには、欲望をぶつけた方が良いと思うんだ。 欲望には欲望を以って当たらせるが上策かと。

掘り出す方は価値在る何かを求めて掘り出すわけだよな。
じゃぁ、埋める方は何を求めて埋めるのか。その「埋める理由」がきっちり設定できれば円環が閉じる。埋める側にメリットがあれば、彼らはメリットを求めて行動するだろう。
で、考えた。
埋めたら埋めたものが「良くなる」ならいいだろうと。
だから埋める方は必死に見つかりにくい所を求め、いいものを埋めてより良いものにしようと企むだろう。その為には埋めるものに見合った難易度を設定するだろう。

例えばだが、イルシェナーで産出されるパラゴンボックスにアイテム入れて埋めると、色や取得した相手の(つまりパラゴンボックス表示名の)Lvによって色々なものが変化する・・・・とかだったらどーよ?
ダメージ増えるボックスであるとか、抵抗増えるとか。Lvによって変異速度が決定され、埋めている期間によって変異量が決まる。
埋める方はできるだけ長い期間盗掘者に見つからない辺鄙な場所を探すことになるだろう。
トレハン職人は彼らの気持ちを読み取って、辺鄙な場所を探すだろう。
ここに知恵比べの要素が生まれる。

埋めるものの種類とか量に関しては、何かのスキルに関係付ける。まぁ、順当に行けば地図解読スキルだろうな・・・・で、埋めたところはどうやって探すか・・・実際に歩き回ってもらった方がいいだろう。現状のトレハンがつまらない理由は、地図見たらどこに埋まってるか分かってしまい、そこに直接ゲート開く余地があるからだと思う。要はトレハンブック作れない仕様にすればつまらなくする原因のひとつは解決できるぞと。
で、くまなく歩かせるためには・・・ダウンジングロッドでも使わせるといいんでないの?
歩いてるとロッドがぴこりんと動くわけだ。その動きを見ながら場所探す。(これも何かのスキルに関連付ければ良い。掘りとか)

ダウジングロッドを両手武器扱いにして、FC-20にでも設定しておけば連中の攻撃手段を奪うことができる。あるいは耐久0に設定してモンスターに殴られたら壊れるとか。モンスターからの護衛を知り合いに頼んでもいいし、ステハイで歩き回っても良い。(見つけたらマークして護衛呼んでも良いわけだし)
埋めて効果が出るまでの期間はそれこそ実際に試してみて決めれば良い。

まー何というか、変形しているがPC vs PCの構図作った方が面白かろうと。パラゴンボックスにも色々利用価値が出るし、別の意味で流通も促進されるかもしれない。
一緒に埋める物でその他属性が付くとかでもいいね。そうしたら金だの宝石だの特殊素材入れる動機付けにもなる。掘り出すほうも楽しかろう(俺みたいなのがロンソ埋めて、掘り出した人が「何だよロンソかよ、捨てるべ」とがっくりしないで済む・・・素材だけでも手に入ったからいいかと思えるだろ?)

どんなもんじゃろかー。
PCの最大の敵は、やっぱPCになると思うんだよね。

月曜日, 3月 01, 2010

何の為に支援するの?

某所ネタ。

ピアレスボスとか討伐する時に、支援している人がアイテムゲッチュできないのはアレなので、戦闘支援をレアアイテム取得の算式に加えて欲しい、と。

俺の現状1
皆で遊びに行くと、アイテムはサイコロ分配。例え討伐に多大なる貢献をしていたとしても、さいころは非情である。

俺の現状2
て言うか、油の抜け切った連中が多いので、アイテム欲しがらない人も多く・・・SAAFとか「イラネ」で放置される様な事もしばしば。

俺の現状3
私が生産素材とか取る時は、だいたい後々そのアイテムを必要な人に再配分する為に取得している。戦利品誰も取らないって言う状況は、ぶっちゃけ余り良く無いし。(レシピアイテムはレアアイテムなので今まで一回も作った事無いよ!)


原案提案者に一言
仲間を選べ。
仲間を支援する事が楽しいのであれば、その楽しみを追え。アイテム欲しけりゃ欲しいって言え。
つか、自分の意思を他人に伝えられないってのは・・・人間としてどーなのよ?


補足:サイコロ勝負で私が取得に走るもの
*スシの魚(トラベスティのアレ)
*SAボスどもの遺品とか
*ドレッドホーンの首とか
*高機能鉄鎧類
*高機能ロンソ


代案
欲しけりゃ欲しいと言うと良い。それでもくれないなら自分で何とかせー(つか、そんな連中とつるむなよ・・・) 自分が声出して主張すりゃ済む話を仕様に還元するのはどーなのかと思う。その内自動的に他人の高感度を上げる様なSayマクロの実装とか、装備整ってればボスを自動討伐するプログラムでも要求してくるんじゃなかろうか。


前々から思ってたが・・・あそこの常連さんたち、人とつるむの苦手だったりしないか?
どーも色々な話の論点がソロで遊ばざる得ない人々の視点であるようにも思えるのだが・・・・

うわぁあたまがわるそうだ

四天王を倒さないと敵の本陣に突っ込めないというなんかものすごいゲーム脳の人を見た(挨拶)
とりあえず彼は魔法の鍵を探すところから始めるか、ヒノキの棒の勇者様としてスライムの餌になるといいと思いました。四天王云々の話に到達するには、あとLvが35くらい、経験値が256万ぐらい必要です。


何の事か分からない人は幸いである。
そのまま分からないままでいた方が良いと思います!


さて。
傍若無人大魔王様の私は人様の文章を勝手に引用する事がある。
それに対して誰かが「やだなー」と思ったとしよう!

実は、引用を規制する法律は無いのだ。引用に関しては引用の要件を満たす限り、ひとつの表現方法として認められている。これに対して単なる転載に関しては、複製権や公衆送信権などの著作権侵害になる。どんなに気に食わない奴が自分の文章を引用し、それに対して批評を加えたって、それは他者の権利であるから、その権利を他者が好みで制限することなんてのはできない。著作権という人の持つ権利を喧伝する癖に、批評や引用という他者の権利を制限しようとする奴は一体何を考えているのかイマイチ理解できない俺ガイル。どうしてそこまで馬鹿なのか。

スクリプトやプログラム言語やオブジェクト指向とかそーゆーのかんけーねーよ。
単純に転載されて嫌だってだけなら、プロバイダに報告してWeb Page差し止めさせりゃいーだけだろうに。何でそんな簡単なアドバイスすらできないのか。世間知が足りなさ過ぎる。

たまに無断引用で怒りを露にする愉快な人も見かけるが、引用ってのは条件満たせば無断で構わんってのがこの国の法律なんだが。無断転載は駄目だが、無断引用はある意味で当たり前の行為だぞ?


自分の権利にばかり、執着してるんだろうなぁ。
他人様の権利なんてものは、眼中にねーんだろうなぁ。

金曜日, 2月 26, 2010

う~ん

もいっこのBloggerで登録したメアド忘れたーっ!

仕方がないのでアレをそれして何とかしようと画策中。
惜しいな、あそこソレ専用の書き物の場所だったのに。実に惜しい。隔離場所としては適当なのに。


自意識過剰な俺様なので、当然アレは俺で敵対する気かこの野郎! (でも何が気に触れたんだかサパリ訳分からん)状態だったのだが、色々話を聞いた所どーも俺ではないようなのでゆっくり酒を飲むことにした。
すると突然湧き上がる全てのスペクトルを飲み込む謎の色の衝動。
全ての光を受け止めるものは、あの色になるのだよ。
色ってのは、光を反射するからそう見えるんじゃぜ?


でさー
人の設定覚えろって言う割りに、人様の名前を覚えられないのなんでなんでなんでー?
どー考えても順番逆じゃねーの?
まず、名前覚えて設定覚えてじゃねーの?
そこは俺様設定で「俺がいいからソレはいーのだ」モード発動中?
支離滅裂ってなーい?
それすら「俺様は偉大だから、そんな些細なことは無駄なのだ」モードですかぁ?


さっぱ、訳分からんス。
そんなんだから、俺のアンテナゆんゆん言い出しちゃうんじゃないかなぁ。

水曜日, 2月 24, 2010

100P本を使ってみた

男は度胸、なんでm(ry

こんばんは、俺です。
ツイッター方面でUO本の話が結構出てた。インデックス付けろって話を見かけて、正直「何故?」野荒しが頭の中で吹き荒れたりした。

そーなんである。
私、読み飛ばせる程度の「短編」(自分じゃ長いと思ってるが)ばかり書く人であり、40ページ本数冊に分冊されるような大長編なんて書いたことは無いのである。当然インデックスの必要性など露ほども感じたことは無い。

で、せっかくそういう話もあったわけだし、実際がんばって100P本を使ってみることにした。
使ったのはIron Armというお話。40P本x3冊で販売していた物語。
色々と頑張って93ページぐらいまで使ってみたのだが・・・

だりぃ

すまん、正直な話ダルい。これ実際にUO内で文言まとめてたら飽きるわ・・・
で、書きあがって校正段階。再度自分で読み直す。タルい。

ぬぬぬぬぬぬぬ。
これはイカンな。凄く使い勝手が悪い気もする。
(UO本自体が、扱いにくいものではあるが・・・)
ぶっちゃけNotepad(Windowsのメモ帳)で文章仕上げてUO内で編集するようにしたらいいんだろうが・・・なんかなー

正直、慣れという要素も大きいだろうから判断保留するけど、慣れないと使いにくいってのは初心者本屋/作家にとって、凄く厳しくね?
正直、作家はインターフェイスの習熟する暇があったらもっと文章書くべきだと思うんだ。ツールに過ぎない「書き込み」の部分はもっと単純化されていい。

そんなとこで。

火曜日, 2月 23, 2010

ちょっと待て、いろんな意味でちょっと待て

待ってると思うし、発言意図はある程度彼らに伝わっていると思うので・・・蛇足といえば蛇足だが。

ツイッターの活用を余りに急激に促進すると、そこが目安箱みたいになって色々危険が危ないぞ。
まさかレスが付くと思って居なかったので実は少し狼狽したのだが、今後は私もこの手の発言には気を付けたいと思う。コミュニケーションと馴れ合いは違うし、そうではないと思っていても、思い込む奴は容易に思い込む。思い込ませたら負けだ・・・

昔は「思い込んだら・・・試練の道を行くが男のど根性」だったのだが。

何かの提案は、ある程度まとまった形で投稿される方がいい。ツイッターだと話の流れを掴むのに若干苦労が必要だと思う。 #UO_JPNって何の呪文だと思った奴は俺だけじゃないはずだ。
みんながみんな、新し物をすぐに使いこなせるわけでもないし・・・
むしろBlogやHome Pageでの告知を推奨すべきではないか。その傾向を強めるべく、私も少しこっちに投稿を行うようにしていきたいと思う。
そっちも素案だけでどーとでも取れるようなアイデア羅列されても困るだろう? そんな事するなら公式フォーラム復活させてしまった方がいいかも知らん。(どっちにせよ荒れると思うが)


で、本関係のアイデアはあっちでメガネとトマト(作戦用呼称)がいい感じで動かしてくれることを願うとして、少し戦闘関係を。
ベヨネッタのPVとか見てたんすよ。あのモーションかっけーな。
髪の毛がうねうねうね~~~っと伸びて化け物になるシーンは超びびった。あの発想は凄い。ああいうはったりの利いた敵と戦ってみたいもんだ。
前にも他で書いたけど、UOの戦闘は動きが少し地味というか地味すぎるというか、ファミコンレベルなので、そこで何が行われているかを知る手段が少ない。少し大仰な絵を入れてもいいのではないかと思う。あと、人間側のモーションの拡充。SpMのモーションはもう少し特徴があってもいい。つーか張り付いてると手をシャコシャコ動かしてる謎の人になり、Hit & Awayをしていると走り回ってるだけの謎のおじさんになるという部分、改善しないとユーザー作成コンテンツが凄く地味で集客効果なくなると思うんだよ。ニコ動でUO関係の戦闘見てても、特に大きな感動を抱かないンよね。
モーション地味だから、UO知らない人が見たら「ナニコレ」で終わると思うわけで。
UOプレイヤーは呪文詠唱の文字とか色々な要素で「そこで何やってるか把握」し、「強い敵を倒したという事実」でスゲースゲー言えるけど、そーで無い人には訳分からんぜ。
戦闘シーンで万歳したり(そこでウラーとか叫べ!)、首を振ったりするモーション入れるだけで戦闘での「物語の作り方」が変わる。巧くやればプロレスだの剣闘士だのの真似事もできる。
魅せる戦闘ができる。これは凄い重要。
強い敵をコテンパンにするだけではなく、対戦格闘ゲームの様に「魅せて、勝つ」を実践できるようにすると、宣伝効果高まると思うんです。巧く戦えたらニコ動やYouTubeにアップロードしたくなるのは人の常。そこでかっけー戦闘シーン見たら「お、面白そう」と思うんじゃないか?
そこで競うようにして「かっけー戦闘」を皆がアップし出したらこっちのもんだ。勝手に耳目を集めて勝手に人が入ってきてウハウハですよ(脳内花畑)

しょーじき、今の状態では本書いて二次創作っぽく戦闘を脳内保管させた方が格好良くはあると思う。
ガーゴにもう少しモーションあればなぁ。一つ一つのモーションは格好いいのになぁ。
現状でできる最大のことを、とりあえず試しておくべきだろうか・・・?
SAクラ弄るなら、自宅の重量級マシンを使わないといけないのが億劫だが。



最後になったが、企画提案。
モノホンの作家/漫画家に、UO本書いてもらおうぜ。
それ、実際にUO内で売ろうよ。
青本一冊分の短編というか、ちょっとしたスケッチなら安価じゃねーの? (むしろ難しくて高騰するか?)
塩野七生さんとかにUOに出てくる船を題材にちょちょいと書いてもらうとかさ。
篠房六郎 (アフタヌーンでネトゲ漫画書いてた。空談師とか)にチャリッと小編書いてもらうとか。
個人的には以前UOやってたと宣言しているヴァンパイア漫画のあのお方に、ちょちょいと書いてもらえたら凄く興味深い(色々な意味で)話持ってくると思うんだけど。(8割の確率で「包帯おじさんリターンズ」とか書きそうだ・・・)
書くの断られるようだったら、現役の実際のなんか賞取った作家にUO本の添削してもらうのどーよ?
色々な意味で、宣伝にはなると思うが。

土曜日, 1月 02, 2010

UOの優位性とかその辺

この前どこかで「最近のMMORPGはみんな画一的。なんでUOみたいなの作らないのか?」と言う、ベリーデンジャーで「お前、絶対にその言葉の意味理解した上で煽ってるだろう!」という文章を見かけた。
この言葉を吐いてるのが、今のUOの開発Topだったりするから侮れない。
UO開発陣は、実に有能な連中であると思う。

UOの今の仕様は、12年以上(最初期の開発期間あるからね)の長きに渡り、テストとデータの追加を行い続けて来た物である。普通に考えて、今から12年間とか掛けて情報をここまで追加し、システムを整備して作り上げて来た物であると言える。今から12年計画でMMORPG作るとか言ったら、絶対に資本家は金出さないと思う。年間いくらの予算でやるか知らんけど、年間1億円(500万円クラスの年収の人間20人)でやるとして12年で12億円。実際にはこんな少ない予算じゃゲームにならんと思う。つまり、絶対にGoサイン出ないw
更に、12年でUOをプレイした総人数が生み出す各種の伝説や噂、マーケティング効果も侮る事は出来ないし、タイトルそのものにも価値がある。
もしも私がどっかの偉い人で、部下が「UOみたいなの作りましょうよ!」とか言ってきたら、
「お前味噌汁で顔洗って出直してこい。UOみたいなのじゃなく、UOとここが違うとか、ここが売りだとか、そういう部分作ってから再提出!」
と声掛けると思う。

そういう部分を想定した上で、例の偉い人はそういう事言っているのだろう。
実質、UOのみがそれを為し得る/UOはここが凄いんだと言う宣伝であるのだと思う。(そして恐らくは、UOを存続させる為に上層部への説得として作成した言葉なのではないか?)

月曜日, 11月 16, 2009

たまきさんトコ見て

これね



でも、もし彼女がこの場所に戻ってきてくれたとして、この焼け跡を見たとき、いったい何をおもうだろうかね?



ここを読んでくれているみんなはどう思う?


ぶっちゃけ、こうしました。(記録によれば、今年の8/15の出来事らしい)
うちのキャラの中で恐らく最大級に感受性・・・と言うか妄想壁の強い彼女。勝手に拡張工事までしてました。
しかし残念なことに、彼女は内装センスが皆無なのであった。

でもね。
やる事が大切なんだぜ。

土曜日, 11月 14, 2009

最近のUOとか

なんか赤字が云々で騒いでる連中が居るんだって?

EAは米国屈指のゲームメーカーで、日本で言ったら任天堂だぞ。しかも資産規模はソニー本体並みだ。ソニーも赤字だが、別にソニーの事心配するような奴は居ないと思うのだが・・・EAはそこらの会社より全然体力あるんだから、そんなに心配するこっちゃないと思うんだけどねー

と言っても、EAが無事である事とUOサービスが存続する事はイコールではないのである。EAにとってオンラインゲーム事業は事業の一つに過ぎないのであり、EA本体存続の為にUOなどを敢えて切るという選択だって無い訳じゃない。我々にとって大切で特別なUOを、他人が同じ様に見てくれるとは限らないのだ。開発陣だって、UOの日本でのハンドリングを任されているEAJだって、そんな事は説明するまでもなく重々承知しているだろう。

承知してないのは、結局のところユーザーぐらいのものなのである。


以前からEAJに対する批判やEA本体、或いはOSI時代のOSIに対するDisは世間に溢れていた。
分っちゃいねーとか、改悪だ!とか。
結局ユーザーは自分の好きなUOにだけ固執し、自分が好きではないUOの側面に関しては無関心を装う。自分の好きなものは他人も好きに違いないと勝手な脳内妄想を事実として理論展開するのである。私のように「俺の好きなものは俺の好きなものに過ぎず、他人は恐らくそれを理解しない」という諦観から物を考える私とは、この辺が異なるのだと思う。
昔はAoS批判なんてものが存在した。数値化した為に人々は数値に拘り云々・・・という奴だが、私はその数値に依存するという部分をある程度論破する事が出来る。じみーーーーに色々と記載してきて今では随分その見解も広がってきたと思う。(AoSでサンソードが入れたものの中には、ハウスカスタマイズとかもあるんだぜ! とかな)
近年ではアイテム名称の日本語化とかか。お前ら英語が云々抜かす癖に、全然英単語の意味しらねーじゃねーか! みたいな。

ユーザーが一番UOを知っているという見解自体が、そもそもおかしいと思うのだ。
むしろユーザーはUOの一側面しか知り得ない。その分際を弁えて論を進めろと。

でね。
ちょっと最近になって、ユーザーの意見を拾い上げるパターンが多様化してるのかなと思わせる部分がちらほら見え隠れしていると思うんだ。EA開発陣からEAJ辺りにユーザーの意見を取りまとめるように指示が来てるのか、EAJが積極的にユーザーの意見を反映させるように働きかけているのか。
ここで注意しなければならないのは、ユーザーの意見だからと言って彼らは全ての意見を等価には見て居ないだろうという点。妥当性や正当性、理論的整合性をしっかり勘案した上で、色々な可能性を拾い上げているように思える。先にも述べた様にユーザーは全ての面を見通す神通力なんぞ持っていないのだ。
実はKRの頃はこのフィードバック部分が若干弱まってた感じがするのだけれども、これってEAJ内部での人事がゴニョゴニョなのかな? ・・・色々毀誉褒貶が大変な時期だとは思うのだが、是非ともY氏には頑張って頂きたい。


総体的に見て、UOは今いい方向に随分勢いよく進んでいると思う。
然しそれはユーザーが頑張ったからではなく、開発が上手く舵取りして漕いでいるからだ。
これは別にユーザーを下に見る発言ではない。逆に我々ユーザーが適切に妥当な意見を上手く出す事が出来れば、もっともっと加速する事が出来ると言うだけの話。
今は開発がガレー船の様にひーこら言いながらオールで漕いでる。
彼らの張った帆に風を送る事が出来るのは・・・ユーザーである我々ぐらいのモンなんだぜ。上手く風送れば漕ぎ手も楽できるし、UOという船は大波小波を乗り越えて、新たな地平にたどり着く事が出来るかもしれない。


ただ、風だからっていって帆がぶっ壊れるほどの強風だけはカンベンな!(苦笑)

土曜日, 5月 23, 2009

本という物体の価値

Mixiにも書いたんだが、焼き直し的な感じで。

Googleが本のデータベース作るってんで、出版社や著作権者と揉めている。
そのやり取り見てると、うーん、なんかね・・・ともやもやした物を感じてしまう訳で。

著作権の考え方は、簡単に言うと「何かの表現でで食っていける」様に、表現者の収入を確保してあげようと、そういう事から始まってますわな。資本主義システムに乗っける感じで、本来パトロンを捕まえないと生活できない人々をどーにかしようと。

で、Googleのやってる事って「とりあえずデータは全てデータベース化して、簡単に検索したり名著読んだりできるとすっげー楽だし便利だしイカしてね?」という発想から始まってるように思う。この発想はGNU GPLとかストールマンとかその辺の発想に近いわな。著作権とか主張して健全な発展を阻害するぐらいなら、皆でそういうの放棄してドンドンいいもん作ろうぜ! みたいなの。
個人的にはストールマン形式の方が好みであるし、大したもん無いけど自分の書いた文章に関してはカカシ論法されない限りは自由に引用してもらって構わない(Copyleftとか茶化して書いてる) 駄文や駄発想が全体に何かしらの影響与えたり、結果としていいもんが出てくるなら俺もそれ使いたいから自由に改変して良いよみたいな。言い方が悪いと思われるが、要するに私なんかの考えてる方式や理想の世界は「全体主義」というか「知識の共産化」みたいな、非常に赤い思想である。
最も、これだけだと食って行けないのでそういう主義主張を行うには「本業として食い扶持稼ぐ」手段が必要となり、結果的に出力されるものは「趣味の延長を超えるものではない」事になるのだが、一人で頑張って苦労背負い込んでその対価を求めるぐらいなら、少しだけ面倒なことを皆で分散して処理してやりたいなと、そう思ってる。

こと、本に関してはUOでも作家業の真似事みたいなことしてるけど・・・ぶっちゃけ本が売れる理由が良く分からない。UO本なんて何ぼでもデジタルデータ化して保管できるのだから、本買う必要ないだろう? 何で皆有限の「自分のストレージ」を消費して本を買うんだ?
また、お気付きの方もいらっしゃると思うが、私は結構読んだ本の内容を暗記する傾向があり、正確な引用を行わないのであれば話の筋とか印象的な台詞って脳内の記憶辿って適当に話す事ができる。
かなり内容を暗記している本であっても、なんかこー「本を手元におきたい」という欲求があるのはなぜなんだろう? 自分自身上手く説明ができないのだが、データは頭にインプットされているのに、なんか知らんが本は手元に置きたくなってしまう。

著作権って、最終的には「データを作った人物の功労に対する対価を保証する」システムであるのだが、私の「本に対する執着」というのは、どうもその「本の中に含まれるデータ」では無いように思える。少なくともデータそのものにだけ金払ってる感じは無い。
私が「買っている物」は、データなのだろうか? それともそれ以外の何かなんだろうか?
あるいは、それら色々な「諸要素を含む、何か」に金払ってるんだろか?

最近、モーニング・ツーWeb版で最新の号を無料公開している。
隔週刊誌だし、読んだらおそらく捨てちゃう(週刊誌は保管すると家の中大変な事になるんでな)のだけれども、更に言うならここでマンガ読んだら「情報媒体としては」古新聞程度の価値しかない物ではあるのだけれども、なんかこー・・・
最新のモーニング・ツー。また買っちゃうんだろうなぁ。
知ってるし読んでるし、情報としての価値は極めて少ないマンガ雑誌ではあるのだけれども、それでもなお「買いたい」と思う何か。
その「何か」こそ、私が金を支払っている「価値」であり、欲している物なんだと思う。それが明確になるのであれば、Googleと著作権者の争いもある程度丸く収まると思うのだが・・・


そもそもだ。
もしも「ある特定の情報そのものに価値があり、その情報を売る事で作家の生活が保護される」のであれば、ありとあらゆる「地方自治体の運営する図書館」って、作家を苦しめる悪い奴になったりしない?
古代エジプト時代から今に至るまで、無料で使える図書館が悪であるなんて話は聞いた事がない。

木曜日, 5月 07, 2009

ちろっと個人的な欲求

最近日本だとニコニコ動画とかあるやないですか。
で、ゲーム関係でも動画とかのコンテンツ流行ってるじゃないですか。

UOにMP4で高精度でのエンコ機能備えて、んでニコニコ動画に最適なフォーマット可能なキャプチャプログラム仕込んでくれんかのぅ・・・


今ね、少しUO:KRでマラスとか走ったんですよ。
あっという間に10GBのファイル出来ましたわ。
しかもKRクラって基本全画面なんで、キャプチャプログラムでうまい事範囲指定できない。
なーんかねー

SAでユーザー層集めるには、ユーザーに簡易なコンテンツ作成機能を与える事から始めると良いと思うんですよ。動画でもいいし、3Dモデルの作成機能(&それを何か背景と融合させたりできるとグッド)でも良い。そういうもんの簡単な作製法を教えないと今のユーザーってコンテンツを作ろうとしないんじゃなかろーか?
ボタンポチれば俺様キャラの格好いいところ動画にできてニコニコにアップできる! (Youtubeでもいいけどさ)・・・こういう餌が必要なんでね?

あとさ、UO本のフォーマットがKRクラと2Dで全然ちゃうやんけ。
これ統一してよ。
物書きとして困るよ。2Dクラで作成した本、KRlクラで見るとすっげー悲しい。

木曜日, 3月 26, 2009

まだアカウントが残ってる・・・

ちょっとちょっと、マジ勘弁してくださいよ(涙)

正直、某所とは距離を置きたいというか「完全に切れたい」と願っている。あのフォーラムに属していることは今や私の戦術構想において「害悪」のレベルに達しており、あそこの一員でいるの正直お断りなんだけど、なんでかアカウント削除して貰えない。なんでじゃろ? 返答メールに直接返信すると無視されるの? それならそうと書いといてよ!(涙)


今日再度PM送ってみたけど、きちんと削除されるんだろうか?
なんつーかもーNevormoreなんで、マジ勘弁してください。お願いします。

火曜日, 2月 24, 2009

言葉が通じるってのはどういう事か

難解な話をするとまた内容を把握できない人がいるかもしれないが、書く。

例えば天気の話をするとしよう。今日はうす曇りである。
これを聞いた/読んだ諸兄は「うす曇り」と言う言葉からその日本語に該当する天気の概念を己の脳内から引き出し、私の意味する言葉の内容を把握する。
しかし、その概念が「受け手の脳内」に無い場合はどうなるか?
例えば、「私はそんな話を聞く度に、トリプルロック・バプテストチャーチの屋根上の十字架の様に首をかしげるのである」等と書いた場合、「トリプルロック・バプテストチャーチ」を知らない人は、深く首かしげているのか、軽く傾けているのか理解できない。

言葉と言う物は、同じ概念を脳内に持つ場合にのみ、コミュニケーションの道具として使用する事が可能になる。多くの日本人諸兄が私や他人と相互理解を成立させる事ができるのは、私や貴方が日本語を生まれてこのかた何年も使い続け、日本語の概念を大体において正確に把握しているからなのである。そしてその「多くの人が知る意味範囲」を逸脱した「トリプルロック~」の表現は、多くの人にとって「意味不明な語」になってしまう。
そして、その「脳内に存在する概念」は多くの場合望む/望まぬに関わらず、生育した文化的背景の影響を受ける。これは言葉が文化の一側面を担うために発生する問題であり、これを自覚しなければ思わぬところで苦境に立たされる事もある。

雹と言う自然現象がある。氷の塊が降って来るアレだが、英語圏ではなんと表現するだろうか?
アイス・ストーム(Ice storm)辺りがほぼぴったりの訳語になるだろう。では、霙(みぞれ)は何と訳す?
実のところ、そのままぴったり当てはまる言葉は無い。(ちょっとここ大ウソだった。今調べ直したらsleetって動詞があるわ。霙が降ると言う概念自体は英語圏にもあるらしい。英語圏の人スマンス)
日本人(日本文化圏)を含むいくつかの文化圏では雨と雹と霙を明確に分けて考えるが、英語圏では霙を他の天候と「区別しない」のである。そもそも先方にそういう概念が無いのだから、単語一言では無く、シャーベットが降って来る状況だとか、色々と概念を伝達するのに工夫を凝らさねばならない。 日本語には存在する概念が英語には存在しない事もあるし、それとは逆に英語圏ではきちんと区分されている概念が、日本語では存在しなかったり一緒くたにされている事例もある。
貴方がもしも「親父にカミナリ落とされた」と言う話を英語圏の人に伝える場合、日本語で無自覚に「雷」と表現しているものが「雷鳴の様な親父の怒声」なのか、「稲妻の様に早い親父の鉄拳制裁」なのかをきちんと把握し、ThunderとLightningを使い分けなければ、その意味するニュアンスは伝わらないのである。

余談:私は何故か「貴方は稲妻の様に~」のあの歌の「ユア ローリング サンダー」の部分を聞く度に「ローリング→ゴロゴロ→雷ゴロゴロ」だからサンダーなのかーっ! と変なイメージが湧いてきて笑ってしまう。脳内では高木ブーがゴロゴロ回っているシーンを思い浮かべる。

言葉と言うものは、結果的にその文化圏が世界をどのように見ているかを指し示す。
異なる文化圏/言語圏の人々は、同じ世界を異なった眼鏡をかけて見ていると言っても良い。コミュニケーションとは「互いの脳内に同じ像を持たせる」事を目的として成立している。
乳幼児が「ママ」と言う言葉を覚えた際、父親に対しても「ママ」と呼びかける事があるが、それはママと言う言葉の指し示す意味範囲が正確に脳内に刻まれておらず。「身近にいる人=ママ」あるいは「大きい人=ママ」等と誤った形で語義を設定している際に発生する現象である。これは言葉を使って行く内に「世間一般で言う所のママ」の概念を習得し、是正されて行く。そしてこれは長じて後に他言語を学ぶ際に、我々が行っている行動でもある。
最近はどうなのか知らないが、私が中学生の時最初に学んだ英語は「This is a pen.」であった。
この際に、thisとは日本語で言う所の「これ」を指し示す語であり、指示する物の数が単数の時に用いると言う事を学んだ。それに該当する言葉はthatであり、these やthose等の言葉を順に学んで行く。そしてテストでは「正確にその語の指し示す意味範囲」を習得できていない場合、this とthatを取り違えたりしてしまうのだ。この際に注意しなければならないのは、この方式だと英語の概念を日本語に置き換えて習得しているという事である。乳幼児が行うように語を覚えてから概念範囲を修正していくのでは無く、最初っから語義を日本語で定義して覚えているのである。
これは日本における外国語習得が、多くの場合「文章を読む為」に行われてきた事と関係している。我々は古典中国語を日本語として理解する「漢文」と言う勉強を行っている(そしてこの訓練が台湾で新聞を読む際に微妙に役立った)、これは漢籍と呼ばれる中国からの学術書を読みこなすの必要な学問なのである。
そして現在(と言うか、私が学んだ頃の英語授業)の勉強法も、基本的には英語で記載された文章を理解するためのものであり、それほど表現を行う訓練に重きを置かれていなかった。

自慢話の様に聞こえてしまうかもしれないが、私は実はちょっとした英会話程度だったら普通に行う事ができる(台湾に長期出張した事があり、その際に英語でしかコミュニケーションを取る方法が無かったのだ。習うより慣れろ式で英語を習得しなければ「ならなかった」)、そして英語で話す際には脳内でも英語で思考している。今でもそれができるようになった時の事を覚えているが、それまで日本語の文章を考え、脳内で変換してから話していたのに…ある時ふと「脳内でも英語で考えている」と言う事に気が付くのである。それは全く自分で意識しない内に行われていた。自転車に乗る際、最初は後ろの荷台を誰かに支えて貰っていたのに、いつの間にか支えが無くても自転車をこいでいた・・・そんな感覚を思い出すと、私の味わった妙な感覚を理解しやすいかも知れない。
なんでも、日常会話を交わす程度であれば3000ほどの基本的な言葉の語彙をしっかり覚えていれば事足りるのだそうだ。これは言語に依らず…と言う事である。たまたま私もその頃に、3000語前後の言葉をしっかり習得したのだろう。中等教育で英単語を3000語覚えさせるのは、この辺りに由来していると聞く。中学校で学ぶ程度の英単語を本当にしっかり把握すれば、日常会話程度はこなせるはずなのだ。

で、英語をある程度自在に使いこなせるようになった訳だが・・・ここに問題がある。そもそも知ってる単語が少ない/偏っている私は、一般会話程度であれば英語で考えて英語話す事ができるのだけれども、英語で複雑な概念を考える事が出来ない。そういう単語を知らないのだから仕方ないのだけれども、世界人口に対する食料自給率がどーかなんて事を考えだすと、突然脳内自分会議が日本語で行われてしまう。
例えば、私は今感覚的に大体の英語の前置詞を語に適切か否かを判断する事はできる。日本語のテニヲハと同じ程度に「感覚的に」選択できる。そして何故それを選択するべきかをある程度「日本語で」説明する事もできる。脳内にそれぞれの前置詞の概念を了解していて、それを別の言葉で言い換える能力を持っているからだ。だからこの辺だけに限って言えば英語を英語のまま理解し、使う事ができると言っても良い。しかし複雑な語であったり、あまり日常会話で使用しない言葉に関しては理解できない。脳内にちゃんとした「概念の枠組み」が無いからだ。その概念を知らないまま、ある語の訳語として適切かどうかを知り、その上で英語を書いたり読んだりする事はできるが、その語に対して突っ込まれると、突然モニョる。英会話能力が出来の悪い小学生並みなんだから仕方が無い(苦笑)
然しながら
「私はやります」
「私がやります」
上記2文の指し示す内容の違い、ニュアンスの違いは日本語で説明できる。英語で似たようなニュアンスの違いを問われても殆ど理解できないと思われるが、日本語だったらできる。30年以上日本語操り続けているのだから、やはり「言語の習熟度」と言う意味において私は日本語の方が得意なのだろう。

どこぞで「英語を英語のまま理解する」と言ってた豪の者を見かけたが、彼/彼女のやっている事は英語を英語のまま理解する事では無く、ある物体に対して呼応する英単語を、そのまま何の考えも無く、「呼応する語」として暗記するだけの事である。What time is it now?を「ホッタイモイジクルナ」と理解することと同じであろう。そんな事してて英語でコミュニケーションできる様になる訳ないだろうに。意味範囲を意識する事無く単純に1:1で語を考えてたら上達するもんも上達しない。他言語がそんな単純なものだと思い込めるのは何故だ?
ありとあらゆる語や文章を、そうやって状況ごとにこじつけで覚えるつもりなのだろうか?
確かにそれは何かの拍子にコミュニケーションの役に立つ事はあるかも知れないが、そんなもんにご大層な理由をひねくり回して能書き垂れるその真意が分からない。これが英語が嫌いで嫌いでたまらなく、それでも尚なんとかしてコミュニケーションしなければいけない苦肉の策だと言うなら理解できる。でもそれなら日常的なプレイにおいて、アイテム名称等を翻訳した方が彼/彼女にとっても楽だろうし、そもそも海外プレイヤーとの接触機会などは殆ど無いのではないか? 機会が無いのにあたかも機会が多数存在しているような言い方は、フェアじゃないと思うぞ。

例えばもっと本当に根源的な意味で、「英語のままにした方が良い」事だって無い訳ではない。英語のままの方が相関性に気が付きやすい事とか、英語で記載された際のリズムや音韻構造が素晴らしい文章…英詩等であるが、これは訳文と英語原文をしっかり区分すべきであるとは思う。王様みたいに訳して笑いを取りたいなら別だろうが。おーれはー こうそく どうろの ほしーっ!
しかしそんな事までして英語を理解しないといけないと言う事は無い。それはその道のマニアであり好き物がやれば良いだけで、普通の人は普通にゲームを遊べばいいのだ。その際に言語が何かの障害になっているのであれば、それを取り除く事の方が先決であろう。多くの人にその指し示すものが正しく理解できる様に、その国の人々に分かりやすい言語に変更したり、概念を翻案する事はそのものを正しく周知させる為には重要な事ではある。少なくとも日本人であるならWater melonと記載されるよりもスイカと記載された方が理解しやすいだろう。カンターループとハニーデューメロンに関しては、そもそもメロンの品種について詳しい人間が少ないと予想される。その意味では訳しても訳さなくても構わないのだろうが、英語が得意で農産物に詳しい人間探すよりも、農産物に詳しい日本語しか話せない人の方が、条件的に「大勢である」可能性は否定できない。
英語に詳しければhoneyでdueなのだから、甘くしたたる果汁を想定して「すげー甘いんだろうなぁ」程度の類推はできるだろう。ハニーデューとしたらそこに気が付けないかもしれない・・・だってはちみつ汁だぜ?! …と言う話は、寡聞にして知らない。

もしも本当にアイテム表記が英語であった方が良いという意見に正当性や裏付けとなる事例が存在するのであれば、実例をあげてそれを説明できると私は考える。一切その様な話が出ずに、何かのお題目を挙げるかの如く「海外とのコミュニケーションが云々」とか聞いて損した気分になる様な話ばかりを見つけると、「お前ら実は英語でコミュニケーションした事無いと違うか?」とも言いたくはなるし、翻訳が嫌なら嫌でもっと別の説得力ある実例挙げればいいじゃないかと思う。賢しい真似して賢くなれる訳でも無し、もっと自分にあった方法で「嫌な理由」を書けば良い。英語が数多く使われているゲームだと厨房が寄り付かないとか、英語理解している俺様格好イイ! と自尊心を満たせると言うなら、そうか書けば良いじゃないかと思う。
例えば「名称変わったせいで、ベンダー内の見出し語を全部変更しなければならない。辛いからやめて!」と言う意見は至極尤もな意見であると思う。変なお題目よりもよっぽどそっちの意見の方が同調しやすい。恐らく探せばもっと「翻訳をしない方が良い実例」は挙げられるのだろうが、そもそも英語が実は嫌いだと思う人や、理論的思考ができない人はそう言う事をするのが面倒なのであろう。お題目あげていれば救われると思っている。

つーよりも。
英語圏プレイヤーとなんかする時、4uとかThxとかの方が障害になる気がするぞ。あれ、音写だから単語発音できないと理解できんし。ネットジャーゴン的な物の方が意思疎通の障害にならねーか? (事実、大昔のUOプレイヤーの文章見てるとそう言うの結構目立つし)