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土曜日, 4月 14, 2012

で、次にやる事

日本国内のUOerに関してはちょっと危なっかしいが論客みたいのもぼつらぼつら出てきている気がしているので、それはもーそっちに任せてこっちはもう少し違う部分をどーにかしたいなと思ってたりする。

話はちょっと前に遡るんだけど、例のルナゲート前にEMフォーラムに書きこんで日本人の意見をとか言う置き本を発見し、私が超ムッキーモードでUOSSに投稿開始した時の話。
戦士フォーラムで戦士とは何ぞやー的な話があったんで、それにくちばし突っ込んだんよ。

で、純戦士だとか言ったら「ああ、RP職な、白豚でもやっとけば強くなンよ」とか言われたのよ。

おいおいちょっと待て、おめー今純戦士さんDisったな!
・・・・とは言わず、動向を少し見てた。
Sampire(白豚)構成は海外でもやっぱ最強構成の一つに数えられてて、それが戦士議論のベースになってる感じだったんよ。


まぁ、強いとは言わないが、 そんな極端に弱か無いですよ? 純戦士。
なんかこー・・・・「そんなに弱くない」を直視させるにはどうしたらいいかなと。
英語で長文投稿書きまくるのめんどくさいし、英語フォーラムで書いたネタまた日本語にして日本エリアに撒くのもめんどくさいし・・・・

目標としているのは2点

・私の発想だの意見を、海外の連中にもある程度浸透させる
・格好良いとか、そういうのを流行らせる。白豚一辺倒の世情その物を変革する

なんか色々考えている内に更に追加された。
・私が面倒だと思う事はきっと他人も面倒だ。海外の連中と交流するのに英語書くのが面倒なら、なんか英語使う以外に海外の連中と交流できる「方法論」を確立してしまえば、私も楽、みんなも楽。


つまり、格好良いを世界中に流行らせるのに一番手軽で良い方法は、実際に格好良い動画作ってYouTubeに貼ったりする事なんじゃねーの?


幸いYouTubeに戦士連中の動画とか転がってるし、そいつらの宣伝兼ねてちょいちょいと手間にならない程度の英文紹介書いて、後は動画見とけ! でえーんちゃう? みたいな。



ちゃっちゃっちゃっとバカみたいな動画作ったり、格好良いの作ったりして「UO動画を共通言語として言葉の壁越えちまえ!」ってのが私の今の作戦。UOSSに日本人ムラ作ったって、そんなもんで連中と交流できるわきゃねー。通訳介さないで対話が成立しなきゃコミュニケーションにならねーよ!
で、アホな動画とか作ってアップして遊んでる。
まず第一に「私が楽しくないと」、作業続かないからなぁ。
楽しいって事は凄く重要よ? 義務感だけでは続かない。


追記:うおみん投稿から転載


何処を目指すか

海外との境目をできるだけ取っ払う事
これを少しやってみたい。


何もみんなに英語覚えてもらおうとか、そういう事は「激しく無理ぽ」なので既に放棄している。一番いいのはUOSSでもどこでも乗り込んでって、実際に連中と交わる事だと思っているが、その難易度が凄く高いのも理解してる。

その垣根が英語なのだとしたら。
英語使わないで交流すっとか、英語やんなきゃいいんでねーの?

動画コンテンツのキモはそこだと思うんだ。音楽付けたりすれば雰囲気は伝わると思うし、同じUOプレイヤーなんだからある程度はキャラ見て類推は出来るだろう。UOってツールを使ってボディーランゲージの様な・・・なんかそんな交流は出来ないものかと。
英語使ってコミュるのは、英語が世界中で使える共通言語だからだろう?
逆に言えば「共通のもの」があれば、それ使って交流出来んじゃねーの? で、俺らが交流したいのはUOプレイヤーであって他のゲームやってる連中ではない。
じゃ、UOって共通のツールでなんかできんじゃね?

今まで、英語圏とのコミュニティーっつーのは連中の言葉を翻訳して日本に紹介するとか、そんな感じだった。驚くほど日本からの情報発信は少ない。
基本、日本から海外へのフィードバックはEAJがやってた。
これを、少しユーザー側でできないものか。


「おっちゃんが英語に翻訳して連中に説いて回る」って動きも考えたんだけど、それは無茶苦茶私の負担が大きいし、そんなもんアトスとかUOSSの連中にやらせておけばいい。でもそれって連中の負担が大きいし、結果的に連中の恣意的な翻訳とかその辺を防げない。

恣意的な翻訳に関しては、以前こんな事があった。


英語アイテム名を日本語に翻訳した時、ヨッシーは「みんなのフィードバックをお待ちしております」って言ったんだけど、それをアトスの野郎はUOSSにおいて「彼は皆の意見を受け入れる(Accept)と書いた」って紹介しやがったのね。その部分の翻訳はニュアンス的に間違いなく

I will welcome your opinions and feed backs. (皆の意見を喜んで迎え入れます)
であって
I will accept your opinions and feed backs.(皆の意見を採用します、受け入れます)
ではない。

acceptは受諾だろう?
ニュアンス変えてフェアじゃない方法でUOSSで海外勢の同意取り付けようとするとかお前いいかげんにしろよと

意図的では無いにしろ、私も気が付かないレベルでニュアンスの変更とかしてしまうかもしれないし、下手に大御所っぽい形になった結果、そんな恣意的変更で権勢振るってる様に見えるのもお断りする。



そら最初は上手くコミュれないかもしれないけど、そんなのは些細な事だ。
英語は苦手でも、みんなUOは得意だろ? 好きだろ?
好きだったら上達するがな。その内上手く「UO使ってコミュれる」様になるよ。一方的に情報伝えるのはコミュってるとは言わん。双方向で情報が流れ、互いに影響しあって初めて交流だよ。

UOSSだのなんだのにこだわる必要は無い。
どこでも交流は出来るし、上手くやれば英語なんか必要ない・・・かもしれない。そっちの道を開拓し、皆にも渡ってもらい、日本人プレイヤーの声を本当の意味で海外のプレイヤーに伝える事・・・・


その「伝え方の部分」を研究したいのさ。



日曜日, 7月 17, 2011

うおみんから移動

昨日EMイベントが行われたらしい。

で、知ってる人は知ってる通り、私はどちらかと言うとEMイベントが余り好きではない。というか日本のEM(特にアジアンタム)が好きではない。
好きではないものをつらつら挙げていくとそれだけで結構な紙幅を費やしてしまうし、またEM擁護派から「うっせぇボケ」的なお言葉を頂いてしまうだろう。多少とはいえ脳みそ動かして書いた文章がそんな感じで棄却されるのも悲しい事だし、それでは何の発展性もない。
論拠も無くスキスキ言うのと論拠も無くキライキライ言うのは発展性が無いという意味で等価である。
ここはネットモヒとしての自覚と誇りを持ち、もう少し発展的な論述をしてみるべきだろう。

EMイベントとして私が知っているのは、復活祭の例のアレと、明太子だかの名前にされちゃったラヴァエレが出てくるイベント(この程度の印象しかない・・・この問題点は後述するかも)、そして今回の夏の夜の夢である。

復活祭の方はどういう理屈でカバラが出てくるのかという部分に激しい疑問を持ち、メンタイコは何でメンタイコになったのかが皆目見当がつかない。サンショウウオの英名がサラマンダーなんだから、Red Big Salamanderにしとけば日本語名「赤オオサンショウウオ」になって見た目的にも合致すなぁ・・・とか思ったりしたが、そもそもそれ話の本筋ちゃうし。
今回のイベントもカップルを案内するというイベント内容だったはずなのにいつの間にか自分らがテレポ繰り返して扇子を取るという謎イベントに変わっていたのが不思議だった。

より正確に言おう。
依頼された事を成し遂げる事が出来ないシナリオ構造に激しい違和感というか、多分この辺が私の気に食わないところだと思う。

例えば何かの護衛ミッションを依頼されたのに、護衛ってのは人を動かす・・・依頼の口実に過ぎず、実際には単なるEMレア配布イベントであった。これは普通に怒って良いのではあるまいか。
私のキャラは依頼に対して忠実に仕事をこなそうとした。(二人を再開させるのがミッションだよね?)
しかし、忠実に依頼をこなす事がそもそもできない。
そしてEMもその「依頼をこなす」という点に重点を置いていない。

普通はこういう状態を「シナリオが破たんしている」と言う。


Fib君の論述見ても、EMには様々な権限が付与されておらず、思った通りにシナリオ組めないという問題点があることは了承している。
昨日酔っぱらった勢いで10分で考えたものだが、もしも今回のシナリオの「ギミック」を変更できないのだとしたら、まだ以下の様な筋書きの方が納得の行く結果を得られるのではあるまいか。

「結婚を誓った男女がいる。しかし男の母親が結婚ダメって言った後に余りの夏の暑さに倒れた。(ここまで前説)
お母さんを助けて結婚の許可を貰いたいので、皆手伝って!

これからみんなに魔法を掛けます
この魔法がかかっている状態である草の露に触れると、草の露の中に入り込む事ができます。どの草か分らないので、皆でクリックして探してね!
草の露の中ではココナッツの生い茂る林があるわ
そこで夏の魔法の欠片の入ったココナッツを叩くと、ココナッツの中の天の川に辿り着くの。どれが魔法のココナッツか分らないから、皆で手分けして探してね!
天の川にはオリオンやスコーピオン等の星座のモンスターがいるわ。
怖い敵だから皆で倒してね!
で、その星座の中に「裂目の明かり」を宿したウィスプがいるの!
けんか腰でノックしないで、ピースモードで彼をノックすると、天の木の根元に辿り着けるの!
この木をそっとノックすると、天の川の冷気を宿したうちわが手に入るわ!
うちわを手にしたら、みなここに集まってきてね! お母さんの所に行って皆で煽いで上げれば、きっと熱も下がって元気になるわ!」

で、最後に5-6行の掛け合い漫才してシャンシャンシャンでイベント終了。



魔法をかけたという部分で誤魔化しているが、要するにシナリオの根幹は「わらしべ長者」である。


更に俯瞰して考えると、私は「シナリオが理路整然としていない。論述構造がそもそも破綻している」部分に違和感とかイヤ感を感じていると推測できる。

この辺のEMイベントに異を唱えているというか、疑問を呈している連中の顔ぶれを見てみよう。
理屈っぽい、あるいは理論的な部分を重視する連中が多くないか?

まだまだサンプル数が少ないので断言はできないが、現時点で私が考える限り、EMイベントで批判が出ているのはこの辺かと思う。今回EMレア十何個も持ってった人もいるようだし、実にファーミングしやすい環境であった点などは問題と言えば問題だが、こんなのはっきり言ってどうでもいい。

アジアンタムはイベントの思い出としてアイテム云々と言う理屈ほじくりかえしていたが、もし真摯にそう思っているならもう少しイベントそのものをテコ入れすべきだ。依頼された内容ほったらかしてアイテム配布だけして後シラネーじゃ・・・ストーリーが完結してないんだからそりゃストーリーが頭に残る訳もない。残るのはEMレアが配布された事実のみである。
人の善意に頼って、人助けを依頼してるのに・・・終わったらアイテムだけ貰う物欲イベントだった。我々の善意は一体どこで道草を食んでいるのだろう?

仮面ライダースナック云々の呟きも見たが、つまりこういう事だろう。


今後も似たような「シナリオの本筋どっか行って、なんかアイテム配っておしまいイベント」や「よく分からんけど敵倒して終わったイベント」、また「推理に必要な情報がシナリオ内に配置されておらず、異次元の思考回路が無いと正解に辿り着けないイベント」等を考案する限りは、ある一定の傾向を持った層から批判される可能性は非常に高いと思われる。


好きなら好きな理由を
嫌いなら嫌いな理由を


好き嫌いを超越した部分でしっかり考察し、それを改善しなければ進歩はない。もしも貴方が本当にEMを応援したくて・・・彼らの力になりたいのだとしたら、ただ褒めるだけではなく何が良かったのか、何が悪かったのか、どうするべきだと思ったのかを理路整然と述べるべきだ。


メンタイコの問題点
書くの忘れてた。
シナリオがプアなのにそこにメンタイコなんて言う突っ込みどころ満載の爆弾落とすから「メンタイコ」ばっかり記憶に残って他の事忘れるんだ。三億円事件で強奪犯が白バイ隊員の格好してたから白バイの制服しか印象に残らず、詳細を忘れたのに似てる。
もしもメンタイコという名前をどうしても使いたいなら、メンタイコが物語の主軸になるべきだった。ワキは面白過ぎてはいけないのだ。

土曜日, 1月 08, 2011

毎日のように新規投稿するなんて

俺も結構真面目だな(苦笑)



まぁ、それぐらい今回題材にするネタが大事であるという事だ。そのネタって言うのは、例の匠のインゴットだか金床なんだけど。



いや、あのアイテム自身にそんな大きな意味は無いと云うか、最終的にはあのアイテムは大勢に影響を及ぼさないと思う訳で。実際に自身の周りで練成装備作って究極状態俺Tueeeeって言う人が余り居ないか、そもそもTueeeって言わない連中ばっかりだってのもそうだし、ボスソロ出来る連中が今回のアイテム使ったってそんな戦闘能力に大きな影響を与えないと思ってはいるし。(敵の上限が10であるのに11以上の力を持ったって別に何とも・・・11が15になろうが100になろうが「その人物のコンテンツ消費速度」が上がるだけだろうし)



今回筆を執ったのは、Fib氏の言のいくつかに色々思う所があったからである。







そして今回、この最終試練をショートカットするアイテムが登場した。これまでにいくつも防具を壊して涙してきた人にとっては、このアイテムの存在自体が腹立たしいのではなかろうか。一生懸命時間と労力をかけて作ったものが、高々100円ですんなり手に入るとなると、やるせない気持ちになるのもわかる


いや、どーだろうか?

気合い入れて後練成での最終装備を作る人は、恐らくかなり激しい戦闘をしているであろう。そういうかなりヤバい戦闘状況で無ければそもそもそんな装備要らんし。そしてここが問題だが・・・その装備は練成品なので、激しい戦闘していると消耗するのだ。つまり後練成に手を出した人はいずれ再度同等装備を作成しなければならない。



そこに登場したこのアイテムだが、果たして彼らは「ッざけんなボケェ!」と言うだろうか?

私は「あの苦労をもう一度繰り返さなくて済む!」と喜んで買うんじゃないかと思うのだが。





もう一か所





 無論、地金を買わずに従来どおり低確率に挑戦して生産することもできる。だが、それに一体どんな意味が残されているのか。苦労して作った防具も『ああ、100円払って作ったのか』などと言われてしまっては憤懣やるかたない


いやね、実際私も武器防具の強化は好きで良くやるし、今日もストレージを空ける為に(壊すこと前提ってのが我ながら悲しい)鎧強化しているんだけど・・・例えば、現在も鍛冶強化では古代ハンマーを使って破損確率を下げる事が出来る。一応私も+60持ってて、たまに使ってりしてた(こいつは強化成功したら大変でっせーとかwktkしてな!)

でも、流石に全部それ使ったりはしないわな。財力的にも続かないだろうし、そもそも古代ハンマー探すのがかったるい。また、私そのものが「強アイテムに頼らざるを得ないのは己の惰弱の証明である」みたいな事考えているってのもある。

鍛冶製品強化においても「何が何でも成功しないと!」って考える人、余り多くないと思うんだわ。割合「壊れて当たり前で、壊れなかったら超ラッキー」ぐらいに捉える人が多いのではあるまいか? 壊れたらずんどこ落ち込む様な人だと、そもそも今までのUO鍛冶製品強化に落胆して酒飲んで寝てると思う。(それぐらいよく壊れるのだ!:涙)

そして、その「壊れて当たり前」というUOの根本的な仕様・・・と言っても、この仕様ってAoS以降だから割合新しい仕様なんだけど・・・これが覆された事を「裏切られた!」と感じてるんじゃなかろうか? 更に殊更アイテム課金を嫌う人が多いUOの中で、利益供与の為に金を求める姿にダブルでショックを受けていると。この辺感情論が入るから、理屈じゃ割り切れないだろうねぇ。





で。

これがUOの経営改善に影響を与えるかって言うと・・・

・・・影響出るのかね?

個人的にはUOの有効アカウント数の内2-3%の人間が特化装備を必要とするキャラの為にこのアイテムを使用するのではないかと仮定しているが、仮に1万アカウントが日本国内で稼働してて、その内2-3%の人間が使用するって事で2-300アカウントぐらいか。複数のキャラにこれを適用する人もいるだろうから、ざっと500キャラ分の装備を作ると考えよう。

500キャラの内、AFを使う部分がかなり多いだろうから、1キャラ当り5パーツぐらい後強化品を使うと考えて2500パーツ。10chで約1000円なので25万円の収入。これが限界練成で耐久255のアイテムがある程度消耗する度にEAJの懐に入る。1万アカウントじゃすくねーよって言う人もいるだろうから、大目に見積もって4万アカウントとすると・・・100万円。

これが毎月入るならかなり嬉しいだろうな。月給25万円ぐらいの人間3人ぐらい雇える(4人じゃないのかって? 給与と雇用に掛かる経費はイコールじゃないぞ!)

ところが。

これは毎月入る訳でもないのだ。耐久255の装備は流石に毎月買い変えないといけないほど消耗しない。仮にそこまで摩耗させる事が可能だとしても、ピザデブ相手になんも考えずに突っ込むとかしてたり、本当に四六時中UOってる超廃人レベルの話。後練成する連中が皆そのクラスの廃であるとは考えにくい。多分かなり短めに見積もっても3カ月程度は持つと思う。2か月だとしてもこのアイテムの販売収益は50万円/月

さて。ここでGTの事を考えてみよう。先の計算を引き継いで4万のアクティブユーザーが居るとして、少なくともこの連中は月に1000円程度はプレイフィーを支払っている。収入は4000万円/月。これに設備維持などの経費が掛かり、諸経費を差っ引いてどれくらいになるのかは流石に私も把握していないが、サーバーの保守メンテナンス/回線費用でざっくり1000万円/月、EAJ内の人的リソースに支払う金額で30万円平均の20名で600万円。その他雑費でざっくり400万円掛かって経費2000万円。差し引き収益2000万円。

こういうざっくりした収益計算の中で、100万円50万円って金額は驚くほど安い。



過程が間違っているかもしれない、いや間違ってると言う人もいるだろう。

実際に身の回りで限界練成している装備に身を包んでるのって、どれくらい居る? 結構適当な所で手を打ってたりしないか?

これから増えるって可能性もあるだろう。これまた仮に1000の究極キャラが日本国内シャードに存在するとして、一般シャードだけなら1シャード辺り・・・140人程度。これが皆コアタイムにボスソロしてたらボスエリア埋まるなw 内50人ぐらいがFでPS回してるとしても、Tエリアに90人。ボスソロされるならやっぱり埋まるなw

いや、究極キャラがボスソロするとは限らないと言う意見もあるだろう。私もそう思う。実際Mzhのアイスダンジョンに出没する白豚を私は見た。でもそんな装備でアイス行くかな? あそこはそんな装備必要かぁ? そういう連中は後練成みたいな事やって無いと思うし、やらんと思う。仕様を理解してエッジを突っ走る人間はそう多くない。



そもそも装備とスキル整えても・・・って話が根底にある訳で。白豚さんがパラゴンサベージに追い回されて死亡とかしてるのを見ている私としては、本当にカリッカリにチューンして相応に腕も立つユーザーってのはシャードに50人居ないと思う。その中で恒常的に後練成してまで装備を鍛え上げるユーザーなんて半分にも満たないだろう。

AF使わないで全部後練成? 難易度高すぎてやる奴余り居ないよ(驚くほどUOerは数字に弱いと思う・・・全般的に)

根性出してHW強化の木鎧? まだ博打するの? それはそれで「やっぱり要らない子が出来ました。しょぼーん」になるから結果的に元通りでえーんちゃうの?



25 x 7 = 175人



最初は物珍しさも手伝ってこのアイテム結構売れると思うが、3ヶ月後には毎月8~9万円程度のショボイ金額しかEAJには入らないと思うよ。これだけで経営を楽に・・・なんてのは、流石に夢物語だと思うし、そこまで運営がバカならUOは今この時点で「昔あったゲームの一つ」になっているだろう。





じゃぁ何故対して儲からない新アイテムなんか入れたのかって話になる。既に答えは上の方に出ているが、UOサービスで最も売り上げを期待できるのはアカウント維持費なのだ。要するに有効アカウント数を増やす事がUOで儲ける最上の手段である。

既に古参の方はご存じだと思うが、昔のUOではちょいちょいっとみどり先生スパーして、FF焚いて往復してレジ上げしたりする事で結構簡単にキャラが育った。(システムが単純だったり、スキル数少なかったってのもあるんだが) 装備だってそこらでHQ買っとけば良かったのだ。今はスキル上げも多少かったりーし、装備を求めてDoom巡回だの色々しなければならない事が多数ある。負けたく無ければ/最高を求めれば地獄の後練成だ。

昔ほど、「皆と同じレベルに達する」のが容易では無い。



既に30代後半とかのUO古参が一番「出せない」物は、廃アクトである事は間違い無い。また、廃アクトを要求し、ひたすらルーチンワークを繰り返すしかないFF14の惨状は見ての通りである。時代の方向性として安近短が望まれてるのに、すぐそこにいい失敗例があるのに同じ轍を踏むのは賢い選択っではないと思う。新規も古参も「廃アクトは出せない」のではなかろうか?

皆が出来ない事をシステムが要求すると、どうなるか。乙るのである。





もし本当に4万アカウントが存在して、今回の仕様改編で400人UO辞めたとしよう。私も1%ぐらいは止める人出て来る気はする。しかし400人撤退でも収益は40万円しか減らず、今回のアイテム2か月に1度くらい買い支える廃ユーザーが2-3%居るのであれば、実際には収支トントンか微増になってしまう。私のカンでは辞めるのが100人ぐらいでアイテム買いまくる人が200人に満たないぐらい。最終的にはアイテムを恒常的に購入するのは100人ぐらいになると踏んでる。

もし新規が増えないのだとしたら、不味い事になるのではないか。

金曜日, 1月 07, 2011

うおみん投稿移植すっよー

妄想ネタですので、ほっといてちょーだい!


・・・って前置きしないとウザがられるってのもなんだよなぁ。あくまでプレイヤーの勝手な予測とかその辺だっつーのに。


まずはツイッターまとめ

ほー 匠の地金とな? http://goo.gl/fb/ewKqZ
これ入れたら、練成→強化でのスーパーアイテム作る流れが加速するか・・・ある意味では生産系強化の一環だが、資材消費に伴う資産減少には歯止めが掛かるな。
こうなって来ると「戦闘仕様を把握し、顧客のスタイルにべったり寄り添える」生産者以外は生き残れねーな…専門知識が必要という点では実に「職人っぽい」仕様改変だが、HQ鎧さえ作ってれば…って層には嫌われるんだろうなぁ。
練成なんかもそうなんだけど、この辺の改変って「地獄の奥底よりもさらに深い執念」でルニック博打したり戦利品強化してた生産品を、短期間/安価に入手させる為の施策ではあるんだよね。装備調達期間の短縮により、戦闘キャラ促成栽培できちゃう。
結果、神装備なんて言われてる物が比較的安価にそろってしまう。キャラ間格差の減少には役立つだろう。ある意味では「上の方で」装備ステを頭打ちにして均質化する施策。
白豚みたいに研究し尽くされて必要なステータスが決まっちゃってるキャラは一層作りやすくなると思う。そっから外れる場合は戦闘関係の複雑な仕様を研究しないとってのがなんともなー・・・正直、余り流行らないと思う(ヘンテコテンプレが)
ああ、練成→強化だと既存の総強度500縛りを若干越えることはあるか。
? 職人の二極分化も可能になるのか?
ノーマル素材のHQ鎧とかを死ぬほど品揃えして、練成→強化の素材として売る。ああ、それなら昔の仕様の「HQ鎧作っとけば売れる」って層にも訴えかけることができるな。

まず、私の目に付く範囲での、生産職からの要望とかそういうのをおさらいしてみよう。

*昔はよかった、HQ鎧さえ作っとけば売れた。
*西洋の職人(一定品質のものを量産)ではなく、日本式の逸品ものを作れる職人がいい
*アイテムが消耗して消費経済が促進されるといい

「昔はよかった」はジジイの世迷いごとなので、ノイズとして除去する(苦笑)

この辺の意見が出るようになったのは、AoSで戦闘関連アイテムの基本仕様が変更になり、従来の(つーか、今となっては大昔だよなぁ・・・)ベーシックロールプレイングシステムのパチ・・・じゃなくて、類似システムから今のシステムに変更となり、その装備ステータスの増加によって生まれたAF類が拡充してきたことが遠因である。

AoSシステム(特に戦闘関係)ってのは、これまで極めて少なかった各アイテムのパラメータを大幅に拡充し、各パラメータが一定範囲でランダムに付くというシステムでアイテムの多様性を生み出そうとしたのね。
また、各アイテムが極めてまれな確率で非常に有用な効果を生む・・・ぶっちゃけ神武具になる可能性があり、それをそれ以前の状態のように銀行の中で死蔵されることは望ましくなかったので、アイテム保険制度が生まれた。

すでにAoS初期段階から命中+15 回避+15 Str.+8 マナコス-8 武器ダメージ+25とか言う化け物リングとかが生まれ出る可能性はあった。ただ、すでに皆様ご存知の通り「こんな怪物アイテムが生まれ出る可能性はほぼゼロ」である。その極めて稀な可能性を試行回数でカバーしてもらおうってのが根本姿勢。ある意味では廃向け設定であり、そんなアイテム欲しけりゃ30年ぐらいDoomにでもこもってろ! はっはっは! という極悪仕様である。
本当はDoomレア(AF)に関してもこの手の「悔しかったら何十回でもDoomに通うがいいわ!」だったのだが、Doomから帰還しないという発想の転換と、「思い込んだら試練の道を~」でAF出るまでDoomから出ない! という超絶ド根性をもった人間が佃煮にするほど存在したことにより量産されることになった。ちょっとAF類に関しては見積もり甘かったと思う。勤勉は日本人の徳目ですので(苦笑)

で。
AoSシステムでマジックプロパが非常に重要な意味を持つことになった結果、武具屋さんはただのHQ装備を売り飛ばすだけでは商売にならなくなってしまった。もっとも、ルニックツールによりお手製マジックアイテムを作成する道は残されてはいたのだが、AoSシステムがそうであるから当たり前なんだけど・・・ルニックツールを手に入れる方法もひじょーーーーに廃的であり、やっぱり廃人が量産された。
しかも廃人的努力の末に生み出されたものがトホホだったりするのだから半端ない。
サンソードはほんとうにひどいやつだ!(棒読み)

ある意味では、がんばった人の苦労が(確率的な意味合いで)報われるシステムである。FだけだったころのUOも操作習熟部分にがんばった人の苦労が報われるシステムではあったが、こっちは向き不向きが多少は存在し、向いてなければそれまでよってことになってたりする。数こなせば何とかなるほうが幾分「人に優しい」システムであるかもしれない(そのこなす数ってのが曲者なんですが)

こんな感じの高邁な精神も、やっぱり実際にやってみたら話が別だったようで・・・
要するに、富の集中が発生するわけですよ、廃人への。

これは長期運営するLvゲーでもそうなんだけど、頑張りが評価されるシステムって、要するに新参に厳しいゲームになっちゃう。折々のタイミングでいろいろと修正を試みてはいるのだが・・・(AFの下にMAF入れたり、サムライスキルとかでスキル依存方面への揺り返しを狙ったり、トクノの秘宝でTAF撒いてみたり)・・・うまくいってないように感じる。


で、大変革に踏み切ったのが練成ですな。
自由にプロパ取得させてみようと。カンストさせたいならカンストさせちゃえと。
昔のMrTactの提案見ても分かるとおり、開発側にとってカンストってのは良くない事だった。カンストすると戦闘する意味がなくなっちゃうんですよ。多くの場合戦士は寄り良い装備を取得するために金を貯め、装備を買い求め、さらにいい装備を取得するために強大な敵に挑む。カンストこいた状態でボス倒してどうする? 稼いだ金はどこに行くんだ?
究極装備の姿を確率事象の地平線の向こうに置いたAoSシステムでは、ついにそこに到達してしまった場合の対処法を考えなくてすむのだ。そんなの、あのマゾ確率から考えてプレイヤーの大半に究極装備が渡る頃には宇宙が終わってる可能性すらある。

その永劫とも思える時間を、ちょっとアイテムそろえてゴリゴリやったら何とかなるまでシュリンクしたのが練成というシステムなのである。ただ、練成アイテム作成でプレイヤーのやること終了になると困るので、練成品は消耗品でなければならない。消費スピードと補充スピードをバランスさせないといけないわけだ。

最終的に、装備の調達が容易になって、全員の装備がカンストエリアで頭打ちになることにより、古参と新参の埋めがたい壁はかなりぶっ壊すことができるようになった。
これであんしんだね!(ボカロのように平板に発音)

しかし・・・練成の登場により、前出の「武具を消耗品に」って要求と「日本式の職人」の実装に成功したわけだが、今度はまた別の困った問題が発生することになった。
練成品は、何も考えずにガツンガツンHQ鎧を作って並べとくのと同じ方式では売れないのである。鎧に関してはセットでの販売か、皆のユニクロ装備の隙間を埋めるようにデザインしないと売れないし、武器もそのキャラのスキル構成や戦闘スタイルを把握して「その上で、どの戦場で使用するか」とか考えないと売れないのだ。生産側は比較的「何も考えずにガツンガツンやって、それでいてできた品は斬鉄剣」という結構無茶な要求しているんだけど、生産者がある程度戦闘に詳しくないとって部分まで職人っぽくなってしまったのである。史上最強の弟子の世界になってしまったのだ!

この予想外の実装により、「練成あげてみたはいいが、その次何したらいいの?」 なんていう間抜けな生産者が発生したことは記憶に新しい。
知り合いの装備を良く見て、戦いの話を良く聞き、実際に戦闘シーンを確認して彼に最適な装備をプレゼントするに決まってんだろーが(笑)


で、今回の施策。
究極装備と言われるものを作成するのに、後強化って手法がある。練成でHQ製品に可能な限りプロパを乗せ、最後に(破壊の確率かなり高いんだけど)色資材で強化して強度上限突破する方式である。
これがまた良く壊れる(らしい)
よく壊れるけどたまに成功するってことは、これまた廃人的努力に花が咲くということなので、新参と廃人に格差が生まれる。
そこでその差をキャンセルしましょうってのが、今回のストア新製品なのであろう。AoSからアビスまでの流れを見ているとこれはこれで妥当な判断ではあるのだが、正直おいちゃんも「えー・・・それどーなーん?」であった。


が。
後強化を促進するということは、後強化の素材が重要だってことではあるまいか?

後強化の場合、まず練成のベースとなるアイテムが必要なんだけど、ルニックつかってアビス素材を節約する方法と、単純にHQノーマル素材アイテムに練成していく方式の2つのパターンがある。ルニック博打は多少改善されたとはいえまだかなり博打なので、HQ品から作るほうが楽なのではないかと思う。
これにできるだけマジックプロパを詰め込んで、最後に色資材で強化を狙うわけだが、ここで今回のアイテム使えば資材と根性の浪費を防ぐことができる。おそらく後強化する場合には例のアイテム超必須だろう。おそらく後強化方式での生産は

HQノーマル→練成→有料アイテム使用して強化

の流れが一般的になるだろう。

すると・・・・なんと「何も考えずにHQ装備が売れた頃はよかったなぁ」って層の(非常に自堕落な:笑)要求が今回のアイテム販売により実現してしまうのだ!


なんでもいろいろ考えてみるもんですな。


もいっちょ

強化のアレ

言うほど売れない(苦笑) そんな極端な人間が一体どこに居ると・・・
多分、みんな自分のキャラ用にちょろっと買って、後は新規参入者がちょぼちょぼ買うぐらいじゃない? 練成強化品は皆が思ってるよりは長持ちするぜ・・・廃だったら別だろうけど。

で、ここから予言。
春ぐらいにはこれ作成できるようになると思う。本入り本棚や1chソウルストーンフラグメントと同じ流れで。
使用する素材はどのエッセンスか忘れたけど、今のところ使用用途が無いアビスのエッセンスとか。HS関係ではまだその手の素材に流用できる物が無い。大穴としてMAFインゴット。既存コンテンツの掘り返し狙って俺だったらそうする。
次期ブースターの発売が夏ぐらいだったら、そっちのコンテンツで作成可能にするかもね。でも私は次期ブースターは今年のクリスマス狙って少しずれるぐらいじゃないかと思うんだ。(この間の「物が床下に落ちる」アルゴリズム、多分解析して全部作り直すと思うんだよ・・・そこの作成とQCで手間食うぜ、多分)

日曜日, 12月 05, 2010

イベントって程じゃないけれど

MzhのRP酒場と呼ばれる場所で、ひとつ仕事を依頼してみた。

実際にはそこがRP酒場であろうが無かろうが「依頼そのもの」はできる様にしてある。もしかするとこれがある種の遊び方の基本フォーマットになるかもしれないので、少し内容を開陳してみよう。


まず、依頼者は釣り師である。釣り師というとインターネットの界隈では「作為的にミスリードを呼び起こし、人を誤導する人々」を意味してしまうのだが、元々このキャラは「忍術スキルを入れてないのに忍者に見える様動かす」事を目的としているので、これはこれでいいのだ。

で、この釣り師。
元々スリ師なのでステルスとハイドが入っている。更に武器スキルは素手(レスリング)。これは元々スリ師(スリは素手でなければできないのだ)であった時の名残である。
レスリングを捨ててSSでも入れておけば、ある意味では「単独でどのダンジョンにも潜り込める」キャラとなるのだが、ある目的の元にその辺を制限している。レスリング110パワスクがもったいないという経済上の理由もあるが、このキャラは当初から「ある部分では戦闘キャラに依存して生きていくよう」わざと戦闘能力を抑えた形で育成しているのだ。
今回、High Sea拡張で釣りAFが増加し、その前後の改変で釣り関係は結構な金稼ぎ手段として成立するようになった。しかし一部の釣り仕様を楽しむためにはやはり戦闘能力が必要である。
そこでキャラ構成の際に「戦闘能力」をわざと分離し、その部分を他人に依存する・・・この様な形にすれば他人へのネタふりもできるし、幸いにして釣りの副産物として銭金関係は結構潤沢に取得する事ができる。

経済(苦笑)を回すために、敢えて自己完結しない形にしているのだ。
(釣りを入れたぐらいで私がその辺のモンスター殺すのに苦労するわけ無いだろう?!)

現在UO関係では経済が回らないとか、他人との交流が図りにくいというクレームを付ける人がいる。で、実際にその人々のやり方を見ていると経済を自己完結する形で回していたり(ちゃんと練成素材や各種資材を他人から購入しているかい? 全部自分のキャラで稼いで、他人に売りつける部分だけ要求していないか?)、自分の持ちキャラで全て完結させて、他人との交流の必然性を失わせていたりする。

自分が売りつけ、自分が買い付けないと駄目なんだよ。

釣り師は釣りの技術を用いて魔法のパイの素材や各種のAFを取得する。そしてそれらは戦闘キャラに売り付けられ、戦闘キャラはそれを目的として釣り師の危険地帯での護衛をする・・・目指す形はここだ。凄く簡単な相互依存をとりあえず確立させようと。こう願っている。


で、昨日は手始めとして
「ダンジョン内の釣りができるエリア、できれば安全に釣りが可能で、他の釣りキャラが余り侵入してこない場所を教えて欲しい」
という依頼をかけてみた。依頼する際に報酬として持ち込んだのはマラスで釣り上げたギョギョのみ。
(ギョギョのパイはマナ回復を促進する効果を持つ・・・比較的戦闘キャラに向く効果だと思う)

で、実際に依頼をかけた感じだが・・・探しに行って戦闘キャラがモンスターに殺されるという椿事が起きた。事前に釣り師の戦闘能力/スペック開陳しているのに何故自分のキャラが死ぬような危険地帯向かうかな(苦笑)
また、普段リコで移動しているからだと思うが・・・ダンジョンの内部構造やどのダンジョンにどんな釣り場があるかをあまり把握していない風でもあった。個人的には一人ぐらいあり穴(ソレンの盟友にさえなってしまえば、あり穴は一番手軽にリコインできて釣りもできる穴場だと思うのだが・・・あり穴だけに!)を提案する人がいると思ったのだが、最近はあり穴なんて誰も行かないのであろう。
わざと誤導するようにダンジョン内で釣りができる場所としたら・・・と反徳ダンジョンの名前列記しすぎたか。

今後も色々と「変わった視点でソーサリア眺めてないとこなせない様な依頼」をかけつつ、そういう視点育成に努めてみたいと思う。



で、ここからはPCが起こすイベントに関する雑記。
RPイベントとか何かシナリオを起こす時に、多くの人は大きなストーリーの流れや起承転結、大仰なバックストーリーを考えたがるのだが、私はこれを余り良い方法だとは思っていない。
いや、EAのGM並みに各種のコントロールが利くのであればそれは一つの方法ではあると思うのだが、プレイヤー個人でそれを実行しようとすると恐ろしいほどの手間がかかる。その上既存の技術等でそれらを無理やり再現しようとすると、コントロールを外れた時(つまり、PC側の「こちらの想定していなかったリアクション」など)に再コントロールが異常に難しいのだ。一人でキャラをコントロールしているならまだ良いが、複数人数で手分けしてシナリオを進めている時にはバックヤードが大混乱に陥る事は間違いない。
なので、基本は「とりあえず相手にボールを投げて、投げ返してもらう」事に主眼を置く。今回の話のように「XXXしてくれ」とだけ依頼して、後の流れは全て相手側に任せる。リアクションコントロールは手軽だし、ストーリーを固定しないので「こちらの予想を超えた反応」に関しても破綻は発生しにくいだろう。
個人的にはこっちが用意したストーリーを話して聞かせて、ちょこっとインタラクティブ確保の為に「結果が分かりきった選択」させる程の根性は無い。商業的に成功するようなストーリーをバンバン作れるならそれも良いかも知れないが、普通に考えて素人が素人なりに頑張ったストーリーはそれなりの感動しか呼び起こさない。
であるなら、ストーリーはどっかに捨てて、インタラクティブ性のみを追求しちゃった方が潔いと思うんだよなぁ。

私が参加したプレイヤーイベントで非常に感心したのが、数年前に行われた「めだか組」のFブリからFトリまでただみんなで走っていくというイベント。至極単純でなんのひねりも無いんだが、人が集まり無為に何かをし、それに対して(もちろん、Fだから)PKなどがやって来る。そこで皆が色々策を巡らせて困難を乗り越えようとしたり、乗り越えられずに幽霊Runしたりするのが妙に面白かった。
単純であっても、大きな石を投げ込めば大きな波紋が発生し、そこで色々なやりとりが生まれる。
その大きなうねりの前には、小細工など不要になるのだ。

日曜日, 7月 18, 2010

ネガティブ・コミュニケーション

TCでの超竜討伐、乙!
で、Twitterで知ったのだが、セキュアからアイテム抜き出して捨ててるバカがいたらしい。次回以降はそれなりの対策を練る必要があるとは思うが、普通TCみたいな場所で財物弄るとは思わないよな・・・その辺の責を問うのは少々酷ではあると思う。

で、今回は「何故、ウザプレイに走る人がいるのか」と言う汎用的な考察である。汎用的な話なので勿論一部のウドン王子や家PKのアホにも関係している部分があると思うが、元々これらの考察の元となっているのは10代後半から趣味で始めた新新宗教ウォッチである。正直彼らのプレイに関しても「90年代の遺物だな」ぐらいの感想しかない。あーあー良くある。良くある中二病のこじらせ方だな、みたいな。

1.人は人から無視され続ける事ができない
人は基本的に俗界との接触を一切断ったまま生活できない生き物である。ニートしてたって食事を運んでもらわなければ飢えて死に、引き篭もってもTVやネットなどの外部接触手段を一切持たなければ「退屈で死ぬ」だろう。だからこそ現代の刑法では「独房」等を使用している。拘束衣を着せて独房に入れることはかなりきつめの刑罰であると思う。下手すれば精神病むだろう。
で、他人と接触を持つと言うことは人の言う事を聞くだけではない。ある種の自己主張や自己表現も人間の根本的な欲の一つであろう。自分を受け入れて欲しい、愛されたい、人から好かれたいというのも非常に根源的な人間の欲の一つである。この欲を持たない人間というのは、実の所存在し得ないと思う。
だが然し、世間は非常にシビアなもんで・・・正直どーでもいい他人という存在は確かに存在する。MMO RPGで言ったら町を町と認識させるために配置させてるどーでもいい一般人NPCみたいな。枯葉も山の賑わいの枯葉であったり、そこを森林であると表現するために置かれたどーでもいい一本の木の様な、そんな存在。
普通は誰しも特定の人物にとってそれらの「どーでもいい状態」の存在であることが多く、ある特定の集団においてのみある種の意味を持つ存在となっている。例えばMMORPGなんかで言うと、孤独民なんて呼ばれているのがそんな存在であるかと思う。しかし普通はUOで孤独民してても実生活では職場の戦力だったり、両親の愛の結晶であったり、何らかの意味をどこかで持っている。仮想・現実を通じて一切の社会性を持たない存在なんてのはそうそう存在し得ないはずなのである。そして多くの場合仮想現実よりも実際の現実(おかしな表現だなw)の方が各種の制約が多く、社会性を構築しやすい筈なんだけど・・・他人との関係性を築くといってもそれらが全て自分にとって望ましい状態であるとは限らない。ぶっちゃけ現実世界で激しく使えねぇ人間とか、カスとか、何で生きてるの? 死ぬの? という存在になることもあるのだ。孤独民だけどそれは仕事の関係でリアルがめっさ忙しく、頼られまくっているのでUOでのアクトが低い・・・って人も居れば、孤独民かつ実生活でもちょっと同情を禁じえないというか、ぶっちゃけはなまるうどんしか食えないような社会的弱者も居るだろう。前者は精神的に安定した孤独民に成り得るが、後者は実生活と仮想生活でルサンチマンを溜めまくってグルグルグログロな恨みつらみを熟成させて行く。
で、後者の連中がどーなるかって言うと・・・逃げるのである、現実から。

2.げんじつとーひ!
人から受け入れられたい、愛されたい、自分の居るべき場所を得たい・・・でも無理。
悲しい事に、人から受け入れられる方法、愛される方法、自分の居場所の作り方・・・そういう「人が人として生きて育ってれば、十何年かの経験で自然と体得するようなもの」をご存じなかったり、やり方忘れてたり、やってみたけど失敗しまくる愉快な人々が居る。
人との交流を重ねる事が出来ない関係上、そういう連中は書物や各種の情報を集める傾向が強く、ルサンチマンや自尊心を守る関係から「俺の崇高な/特殊な/神から祝福されたアレは、一般の愚かな人民には到底理解できないものである」なんて事を考え出したりする。そっから先は色々なパターンがあるが・・・
「宗教に逃げる」
宗教というのは人間世界の尺度よりも神とか高次の存在の尺度を「より優位なもの」と定義付け、その「より優位なものの尺度で俺優位な値持ってるから、俺スゲェ!」と、こんな愉快な事を考え出す連中を量産しかねない危険性を孕んでいる。オウムなんかは高学歴の連中が多数参加していた事で物議を醸していたが、高学歴で「少なくとも学生時代は一般社会尺度で成功者」だった連中が、実際に社会に出たら「箸にも棒にもかからない屑」扱いされて落差に悩み、自尊心を満たしてくれる宗教に参加したってのは凄く自然な成り行きである。もっとも「普通は」その落差の中で悩み、新しい自分の立ち位置とかを構築していくもんなんだけど。
いわゆるカルト等の連中が世界相手に戦争始めちゃうのもこの辺の「中二病由来の精神的悪性新腫瘍」をこじらせた結果と見ることも出来るだろう。宗教勧誘とかする連中が何故か高みから見下ろすように論述展開するのも、この辺の構造が影響を及ぼしているものと考えられる。私がターゲットとしている新新宗教の連中が入りたての連中に街角で宗教勧誘させるのも、「他人に教える」という行為がある種の優越感を与え、誤解(まぁ、連中の意識からすると悟りとか気付きなんだろうけど)を生み出す可能性が高いからである。受け入れられなくても「普通の人には理解できない難解な教えを理解している俺偉い!」と受け取るから、能天気な連中というのはもう本当に「打つ手なし。残念ですが、手遅れです」と匙を投げるしかない。

さて、ここで鋭い人々は気付いているかもしれないが・・・実は世間に蔓延ってるPub16至上主義者(のウチ、実にどーでもいいバカ連中)の主張の何割かは、上記の新新宗教とかにはまった連中の病状と実に奇妙な符号を見せている。
お前らの知らない素晴らしい世界がかつて存在し、その素晴らしい世界で俺は優位な立場にあったのだ。その頃俺は沢山の盟友と共に・・・(中略)・・・確かにAoS以降、友人も減って孤独民になり、以前の知識は役立たずになって(また中略)・・・だから俺は凄いのだ!

最近はいい薬も多い。病気ってのは精神/肉体問わず早期発見すると治りも早いから、出来るだけ早目に治療した方が良いと思うんだ。
そんな馬鹿な! とか反論受けるかもしれないので、傍証置いときますね。
*宗教にはまる連中は、自分の宗教が世界で最も価値がある真実だと思い込む。Pub16論者と同じ。
*価値判断基準は主観による。客観ではない。信じないものには通じない神学である。
*他者に対してやたら自身の優位性を喧伝する。現在現実の状況を積極的に否定する。
*自分と同じ考え持たない連中はバカ扱い。愚か者だと思ってる。
*自分と同じ考え持った人が少ないのは、社会が悪いと思ってる。自説に説得力が無いとは露とも思わない。

イキの良い反論を待つ。
さて、本稿の目的まで全然たどり着けない・・・少しスピードアップしよう。

まだ宗教のように逃げ込む場所がある連中は良い。存分にハイブリでも無名のエミュ鯖でも好きな所に逃げ込んだらえー。フェルッカって言う隔離施設もあるから存分に活用して欲しい。(連中は逆だって言うんだろうけど、今どう考えても全世界通じてトラメルルールの面積の方が大きいよね? 現実見ようね!)
でもまぁ、逃げ込んだ先が実は独房だったと気が付いちゃうと、一部の連中は雑居房ではなくシャバを目指して這い出してくるのである。で、這い出してきても一般社会ではゴミ屑扱いで路傍の石ころ、どーでもいい存在であるという現実に耐えられず、その社会に溶け込む方法をまるでご存じない連中はどうなるかというと・・・なんか変な啓蒙主義者になるのだ。ホントウのブリタニアを教育してやるとか、お前らに本当に楽しい事を教えてやんよ! みたいな事。
ただ単にそれで論をぶつだけならば、説得力があればフォロワーが付くし、無きゃ自然消滅するので害は無い。しかし倫理や善意としての紳士協定を無視してネガティブ・プレイでコミュニケーションをするという方法が残されているのがこれまた困り者。そうなるとこっちも彼の行動に対する否定意見を出来るだけ人々に受け入れられる方式で論述し、彼らの行為が単なるウザ行為でしかなく、そんなやり方で大衆支持が取り付けられることは無いという事を淡々と、時に激しく、時に彼らの自尊心を木っ端微塵にするような形で、あるいは彼らの取るネガティブ・コミュニケーションを利用してよっこいせ、うんとこしょと叩かねばならない。何故かというと目障りだからである。俺にとって。

たまーに自ら社会的弱者である(でも、UOでは優位であるという自己主張は見え隠れしているよな!)というATフィールド張って防御姿勢を取ってる奴もいるが、世間様は弱者であれば叩けない心優しき人ばかりではなく、弱者であっても強者であっても、そこに理論的矛盾があればやたら噛み付く狂犬の様な人間も存在する事を覚えておいてもらえると非常に助かる。非常に紳士的で、見た目には慇懃無礼で無垢な新興宗教の勧誘に対して完全にいじめっ子の立場で対面してボッコンボッコンに論破して回るのが趣味だった人間から見ると、ネットでの主張潰しは凄くたやすい事のように見える。

世間ではウザ行為してくる連中に対してどの様に対応していくべきか悩む人も多いように見受けられるが・・・徹底的にその論を潰しまくり、彼が「そう思われたい自分」として設定している姿をとことん否定して、同調者が増えていく様をリアルタイムで見せつけ、「こいつを叩くと自分が物凄い被害を受ける」という犬の躾のような事するしかないんじゃないかなぁと考えている。
徐に「はなまるうどんのかつおだしの匂いがするんすけどー」と言ってみるとか、「夏場はお前のキャラからも腐臭がするですー」とか、「最近元気ないね、夏バテ? それとも人生にバテた?」とか、「ああ、現実世界では成功している設定だったね、ヨーロッパ旅行に出かけた設定ですか?」とか、「うわーネタ的キャラ付けの為にひと夏無駄に出来る根性が凄いわー・・・結果的に無駄になっただけだろうけど!」
・・・と、「ここもお前の居る場所ではないので巣に帰れ」と教えてあげるしかないと思うんだよねー


自衛的防壁
良く私のことを声がでかいとか色々言う人を見かけるが、声はでかくない。ただ単にある種のエンターテイメント性というか「面白さ」と「判りやすさ」を志向して、人々に受け入れやすく同調しやすい論述できるのが私の面倒くささの由縁である。もしも対抗する人に同種の能力と若干の優位性があれば、私は非常に容易く論破されるだろう。
逆に言うと、私に論破される連中というのは面白さも判りやすさも考慮せず、人々に同調しやすく、受け入れやすい論述が出来ていないだけである。文章構成能力とか論述能力が低いのだと思います!
(こんなに無礼キャラでハンデ付けてあげてるのにねー?)

土曜日, 6月 26, 2010

しかしここでは煽らない

ベインの選民だかとオフィディアンの戦争真っ盛りでございますな!
今回のイベント、中々面白い構造だと思う。最初は珍しいものでPCを釣り、戦争激化に伴って「動員数を増やす」事が戦争の鍵を握ると。UO戦闘のキモは「数こそ暴力」という部分にある。PvPでは数が多いだけでは全然意味をなさないんだけど、PvMでは厳然とした「数の暴力の理論」が成立する。

するとどうなるかというと、劣勢に立たされた方の「扇動家」が必死にポンポコポンと扇動をしなければならないのである。これはWebでの呼びかけという形を取り、或いはゲーム内の広告宣伝・・・まぁ、撒き本ですな・・・という形で人々の目に触れる。ぶっちゃけUOの活況を外部に宣伝することが出来るのである。
しかも劣勢に立たされている方というのは・・・詰まるところ利の薄い勢力であり、利の薄さを理でリカバリーする必要性があるわけだ。勢いその文章は情に訴えかけたり、魂を揺さぶる系統の言葉でならなければならない。


そう言って開発陣は我々「扇動屋」をこれまた扇動しているのである。
その意図を知った上で、ちょこちょこUO界隈をかき混ぜるような投稿を繰り返してみている。
実際ちょっと興味あるしな・・・果たして言葉の力で実利をひっくり返すことが出来るのかとか、自分自身の扇動能力はどの程度のもんなのかとか。

なんの偏見もなく、普通に眺めてみれば今回の大筋も「徳とは何ぞや」系の話に帰結し、マジンシアの再興に対してかの都市の象徴である「謙譲の徳」にフォーカス当てたストーリーが語られるであろう。10中9ぐらいまでベインが悪党で、アビスドラゴンとか厩舎に入れてるとあるタイミングで厩舎の中の生物みんな噛み殺すとか、なーんも考えずにこれいいもんだーラッキーとかやってる連中に清算を求める結果になると思う。町潰したり、地形変えるほどの大変革を今まで起こしてきた事を考えれば、ベイン勢力の連中(&その追従PC)が最終的に強制F暮らしになるぐらいの事が起きても私はさほど驚かない。


実利に浮かれて今までなしてきた事、そしてその結果を思い出してみれば、今後のストーリーも見えて来るのではあるまいか。良くも悪くも歴史は繰り返すぞ。

日曜日, 6月 13, 2010

錬成に思う

錬成っつースキルが入ってもうすぐ1年。錬成を早々にレジェンダった諸兄は練成品をバンバン売りさばいて儲けて儲けてウッハウハウハしているだろうか?

何? 錬成上げたはいいが、何して良いか分からない?
論外である。錬成スキルの有用性やその活用法を把握する為には戦士職とかの戦闘職作ってとことん強い敵と戦ってみるしかない。出来れば白豚じゃないほうがいいぞ。そこでどれだけ安価に有効な装備が作れるか考えてみるといいかもしれない。バカみたいにAll 70でマナコス-40 命中回避カンスト装備作ってる場合じゃないぞ。

練成品が売れない?
簡単な話、あんたが売り手の事を見ていないからだと思います。商品作る際にそれがどんなキャラ用のもので、どんな使い方に向き、どう使うのがベストかとか考えてる? 白豚さんに最高の武器だって? 強い白豚さんは多分装備拡充のためにとっとと錬成師作ってるから貴方から買わないと思うよ。
ちゃんと「誰に売りつけるか」考えて作ろうな!

何と言うか・・・1年経ってもこんな感じなんだろうなぁ。
練成品の買い手は錬成師作るの面倒だし戦闘仕様分からない人だと思う。戦闘仕様を十分に理解し、錬成師がどんなに有効な武器/防具を作れるか分かってたら、そりゃ錬成師作るだろうよ。錬成師ってバランス激変させる可能性を秘めてるもの。
なのに仕様を把握して強い戦士を操作している人向けに装備作ったって売れる訳が無い。農家に農産物売りつけようとしているようなものである事に気付け。そんな中で錬成師として名を上げるのであれば、それ相応に戦闘仕様を把握し、戦闘を教えるぐらいの事せにゃいかん。或いは購入希望者に対して彼の戦闘スタイルと異なる戦い方を提示するとか・・・まぁ、アドバイスの一つも出来ないと不味いわな。

そもそもなんで「貴方から買わないといけないのか」
別に多少UOで遊んでれば、知り合いに1-2人は伝説錬成師いるだろうよ。それらの「知り合い」ではなく、なんで「貴方」に依頼せねばならないのか? 言った通りに錬成するだけなら誰でも良いよな? て言うか、自分でやった方が早いよ(苦笑)
・・・ということは、逆に「言った通りではないが、それがよい方向に働く」練成物作成者にならないと、貴方は選択肢に入らないわけだ。練成物が売れないのは貴方がそういう唯一無二の人ではなく、どこにでもいるどーでもいい錬成師に過ぎないからではないのか? 錬成品が壊れにくい? 耐久度? そんなん関係する訳がねー。ぶっちゃけ今の状態で「売れない売れない」を連呼しているだけのバカの所には、例え錬成品の消耗速度が異常に速くなっても仕事なんて回ってくるとは思えない。だって、彼に頼む必然性がどこにも無いんだもん。いいもんだから売れるとか、必要なものだから売れるとか、どうしてそんなにアホチンな考えが発生するのか? いいものであっても、必要なものであっても「それは他人でも作成可能なものなのだから」、貴方から 購入する 必然性は どこにも無い。貴方から買う必然性が無いのだから、貴方の売り物が売れないだけだと何故気がつかないのだろう?


数多くのライバルがいる中で、ただ単に物作ってりゃ売れると本気で思っているなら救いようが無い。
何でも自由に出来るからこそそこに他者との差別化を計る「何か」が必要になる訳で、その何かを持ってない人は何時まで経っても供給者になれないと思うぞ。

某所の連中に言っておきたいんだが・・・もしも錬成素材が希少価値を持つなら、戦士が戦利品を高額で売るか、自分で集めて知り合いに頼んで作成するだけになるぞ。なおの事「知り合いではない誰か」に頼み難くなるだろう。錬成品の消耗速度を速めるのであれば、それ相応に価格帯も下げないと話しにならない。1年使えたある製品と、半年しか使えない製品が同額で売れるわけねーだろ。速攻錬成品が磨耗するなら、戦士大スキーのアカウント内に錬成スキル持ちが常駐する効果しかもたらさないと思うのだが?

売れない理由を外部に求めている辺りでそもそも話にはならないと思う。

木曜日, 4月 01, 2010

書写スキルでポポンポンポンすんな!

Twitterで色々書いた結果として、凄くBlogにまとめるのが億劫になっている私です。
世間一般では4月1日はエイプリルフールなのですが、死と真実のルーンを守るフマクト信者に四月バカは無いでございます。(ここまで挨拶)

でだ。

今度のPubで書写スキル持ってると詠唱集中と同じ効果が得られる(ただし、GMで5%)という仕様が発表された。
まず、詠唱集中だが・・・呪文を唱えている時って、ポコンと殴られたりズビズバと魔法打たれると詠唱が中断して唱え直しなわけですな。詠唱集中っつー機能は、ある一定パーセンテージでこの詠唱中断を防ぐ事のできるプロパだよと。SAAFなんかでもこの機能持ったアイテムあるよね?

で、私の主張は「何で生産スキルであるはずの書写技術修めたらこんな機能が付くネン?!」である。
Izmのメガネは「今創作の神が降りてきたから 邪 魔 す ん な !」的な勢いで集中できるんだよと言っていたが、書写スキル持ちは書写スキル持ちであって作家ではないのだ(兼任することは多いと思うが) Reject!
満月な人は「書写スキルは魔法に詳しい云々~」と言っていたが、スクロール書くときに実は魔法スキルは要らないのである。実際さっきソウルストーンでPireminの魔法スキル抜いてリコスク書写してみた。超大丈夫。書写スキルは書き写すだけのスキルであり、魔法知識とかかんけーねー! である。

何がしかのスキルを修める事でこの様な機能を備える・・・という部分に関しては異論は無い。GMで5%しか付かないなら別に大きな影響は与えないだろうと思ってはいる。じゃーええやんけと思う人も居るかもしれないが、私は生産スキル等の「明らかに戦闘と関係ないスキル」を戦闘に関連付けて価値基準を制定し、体系付ける事が物凄く嫌なのである。それは価値判断基準を戦闘で有利/不利という一つのものさしに統一していこうとする方向性であり、多様な価値観であるとか、多様性と真っ向からぶつかる思考方式だからだ。
世間では良く多様性だの価値観だのの「字面」にだけ惑わされて、それが素晴らしいステキでかっちょいいものだと思い込んでる人が多い。んで、実際にはその字面信奉者は「リフブレ以外カスだから、武器をもっと調整しろ」とか「乗りドラ以外は使えないから特徴作れ」とか言い出すのだから私は天を仰ぐしかない。
武器の多様化? お前ら完全にリフブレ互換で絵とカテゴリーだけ違う武器出されたら満足するのと違うか?
乗りドラ以外にもかわいいラマとか軽快そうなオスタだとか安定感のナマコ、ある意味機能的なゴキども、ケツが熱いぜファイアスティード・・・等の「乗りドラの評価軸とはちょっと別の方向性で価値が存在する」他のもんには目を向けないのである。
実際に多くの人が「多様性」だと思っている物は実際のところ多様性でもなんでもなく、要するに「もっと使えるもん出せ」という話に過ぎない。何でそうなるかというと彼らの価値判断基準が「戦闘で有利か否か」というひじょーーーーにシンプルな物でしかないからだ。

ぶっちゃけ、元々UOは戦闘以外も色々できると言われているが、何だかんだ言って戦闘で強いということはある種のステータスなのである。全体的に戦闘で有効/無効という価値基準体系が蔓延しており、それ以外の価値判断基準は割りとほったらかしであるのだ。
随分前から「多様性を根付かせる為には価値判断基準を複数用意し、戦闘という価値判断基準を相対的に軽くするべきである」という意見陳述を行い続けている。参考 参考
UO公式ファンサイトの中でも数少ない戦闘関係のファンサイトでありながら、私は戦闘という価値判断基準に全てを関連付けるという方式に疑問を持っている。ぶっちゃけそれやって全部戦闘に関連付けたとして・・・UOの戦闘システムはどーあがいても最近開発されたMMORPGに勝てそうに無いのである。根幹システムは(AOSで多少モディファイされたが)10年以上前のものだ。幸いにしてUOは戦闘だけではない部分も存在したのでまだ独自性を保てているが、全部戦闘とかになったらUOなんぞ10年前の遺物だぞ? ちょっとでも他のMMORPGを弄ってみれば分かると思うが、絵は綺麗だモーションは多用だ3Dだ水面が綺麗だ敵がごついわ戦利品は底なしで高騰するわ・・・「戦闘だけで他ゲーと戦ったら勝ち目ない」っつーネン。なんで勝ち目の無い方向性に向かいたがるんだ? 他ゲーが疎かにしていてUOが得意とする「日常」とか「生活感」とか強化すべきじゃねーの?

余り使用されていないスキルに日の目を当てたいと言う開発の気持ちも分かる。戦闘以外の価値判断基準を打ち立てるのは凄く困難な事で、そんな事に開発リソース使えない「手っ取り早く、誰にも認められる形で有効性を出すには戦闘に関連付けるしかない」という気持ちもある程度分かる。そもそも価値判断基準なんて人の心の問題だから、人の心をそう簡単に別の方向に向けさせるってのは確かに無理臭い。

だが、その無理を押してなんとしてでもそういうものを作り上げないと、10年先のUO無いぞ。
非常に困難な仕事である。だからこそ(断言しちゃうが)他のMMORPGがその方向性を追求する事は無い。単純にそんなことにリソース裂いて新しいゲームのイニシャルコスト消化できないのは素人目にみても良く分かる。10数年という長い長い年月の中で、ちょびちょびそういう方向性を少しだけだが築き上げてきたUOだけが、「チームめんどい」みたいなヘンテコな考え方する連中が住み着いちゃってるUOだけが、バシネットと棍棒担いで「Yes?」とか言って遊んでる連中が盛りだくさんなUOだけが、今数多あるMMORPGの中でUOだけがそういう地平を切り開く最前線にいる。しかも後続は多分来ない。

この未開の大地を切り開けば、そこはもう確実にUOだけのものだ。

何故戦闘平原という群雄割拠の世界でシェアを狙う?
そこに10数年前のスパゲティープログラムと立ち上がるのにも「よっこいしょ」と言い出す古参UOメンつれてどれだけの成果が上がるというのか?
戦闘平原での我々の領地はほんのちょっとで大丈夫だ。その背後に強い日差しを遮る「生産の森」を抱え、作家業の丘のほとりには釣りキチどもの集う湖があり、湖の上にはガーゴが船と戯れる姿があり、エルフは相変わらずアホな顔して弓を作る・・・UOのライバル連中には戦闘平原での戦闘しかないが、UOだけが平原以外の素晴らしい景観を手中にすることができるのだとしたら?

戦闘だけに全てを関連付けないで欲しい。
今やるべきは「戦闘以外の価値基準の創設」であり、及ばずながらその点においては私もAre you with us? らせて頂く。

そういうことをしたくて、手伝いたくて、今でもUOで長々ながーーーい文章書いている。
私は、本当に、そういう世界で遊んでいたいのだ。

月曜日, 3月 29, 2010

エミュ鯖を考える

まず最初にお断りしておくが、戦技研のTopとして利用しているエキサイトBlogにエミュ鯖ネタ書いたら速効削除する。扱いはエロコメントと同じ。戦技研はUOの公式ファンサイトとして作成整備されている物であり、それ以外の何かではない。
また、例え論調が糞真面目で非常に役立つ物であったとしても、コメント投稿にエミュ関係のLinkが張られているなら同様に扱う。まともに話し合いをしたいならエミュ関係データへのLinkを外せ。

この様な処置がファッショである事は十分に理解している。言論統制である。私は少なくとも戦技研においてエミュレーターサーバーでのプレイヤーに対して言論統制を行う。暴君と罵られようが、ファシストと呼ばれようが一切気に掛けぬからそう思っていて欲しい。

ただし、ここ『日々妄想』ではコメントの投稿やトラックバックを受け付けよう。恐らくエミュ鯖で遊んでる人間も「なぜそこまで毛嫌いされているか」分からぬだろうし、その否定論拠を申し述べる事はUOコミュニティーに対しても益の多い事であると思う。幸いにしてこの日々妄想は公式ファンサイトとして企画はされていないので上記のファッショを行う必要が無いのである。

まぁ、だからと言ってヤサシイコトバを掛けて貰えると思っているなら、大きな間違いであるのだが。


そもそも私個人の認識として、エミュレーターサーバーは「落ち武者村」である。
時代に取り残されて山奥に隠れ住む者どもが「我らこそX氏の末裔で~」と己の正当性をgdgd申し述べ、いつまでたっても過去の栄光から一歩前に出ると言うアクション起こさぬ連中であると。
本当にUOの事を思っていると言うのであれば、何度でも繰り返し繰り返しその「UOを良くする案」を申し述べ、必死で開発陣に訴えろ。私は既に7年近くそういう事を行い続けているが、結果として結構色々な仕様を導入してもらえている。もしもそれが届かないのであれば、そりゃ単純にあんたの案が「面白く無さそうに見えている」だけだ。プレゼン能力低いんだよ。
どうしても受け入れて貰えない! こんなに素敵な案があるのに・・・
UOにどうしても受け入れて貰えないなら、ゲームシステムデザインしてその辺の会社に売り込んでみればぁ? 受け入れて貰えないから自分らでシャード立ち上げて、ゲームクライアントと言う著作物をかっぱぐのはそもそも論としてアウトだろうよ。UOとそれを管理管轄するEAは諸君の意見にNoを突き付けている。言う事聞いてくれないからってUOパチるな。


法的な問題もそうなんだが、そもそもその様な連中の性根が私のカンに触るのだと思う。
それに比べてUOから去った連中が「より素晴らしいゲームを作ろう」と試み、残念ながら失敗している姿には感動を覚える。いずれこれらの開発陣の中から、真にUOを超えるゲームを作るクリエイターが現れるかもしれない。同じテーゼから出発したのに、なんでエミュの連中はエミュっておしまいなのか?
現状のUOで不満なら、現状のUOを超える何かを作れよ。
なんで過去のUOで満足したり、もうひとつ別のUOでお茶濁す?

異論は受け付ける。
しかし、受け付けるだけで必ずしも肯定的な意見を付けるとは限らない。むしろ物凄い勢いでDisられる事を覚悟してカモン! だ。

土曜日, 3月 13, 2010

ほっほぅ・・・

資料館のコミュニティー論
「コミュニティーとは単に人の集まった状態をいうのではなく、共通の感覚を持った人たちの集まりをいうのです。」

彼はその持論補強に英単語のコミュニティーを持ち出しているが、気が付いていないのか意図的に外しているのか・・・ある単語の存在を持ち出していない。その単語とはコミュニズム(Communism)であり、日本語で言うと共産主義である。
そもそも場に同じ意見を持った人間しか集まらないのであれば、それは伝え聞くところのどこぞ国の議会のように、何言っても全員賛成、全会一致、そして万歳三唱ハラショーになるのではあるまいか。恐らくこういう話をすると「感覚が共通なだけであり、意見が同じとは書いていない」とか言うのであろうが、そもそも同じ感性/感覚を持った人間が同じ物見て違う意見を提出するとは思えないわけで。
共通の感覚を持った人間の集団・・・それは彼の意図するものと異なるかもしれないが、共産主義社会の実現を夢見て集まっちゃった人々と同じ結果を生むだろう。恐らく異なる感覚を持つ人間はシベリア送りでKGBが思想検閲をするのだと思う。
同じ方向性で思想を統一し、同じ物を見て集団がマイナーを排斥するという意味では、実のところ民主主義政体の生み出した一つの影である「ファシズム・ファッショ」も類似の傾向を示す。異論は弾圧し、同じ意見ではないからコミュニティーから排除・・・まぁ、そんな感じだ。

詰まるところそんなコミュニティーというのはある種の意見をアクセラレートするだけの組織となり、討論のようなものが巧い具合に形成されるとは考え難い。なぜなら異論は集団の目指す方向性と異なるが為に「コミュニティー」に参加できなくなり、集団から排斥されるからだ。それは理によってではなく、感覚的に行われる。もっと言うのであれば、感情的に行われるであろう。彼らは感覚的に「正しい方向性かもしれないが、感情的に受け入れられない」提案に関しては受け入れを行わない。なぜならそこは討論やディベートの場ではなく「コミュニティー」であるからだ。彼らは異論に対して論を立てて反証し、その過程で意見を一致させていくという過程をすっ飛ばすのがお好きなようなのである。コミュニティーの総意というものは神学で言うところのセントラルドグマに辺り、疑うべきではない(それは、共通の感覚によって規定されるもので、「疑いを差し挟む余地の無い」事象であるのだろう)

以前、彼らは10人前後の意見を取りまとめただけの話を「さも、ユーザーの総意であるかのごとく」公式サイドに押し付けた。そもそも日に200~300Hitするサイトに何故10人前後の声しか集まっていないのかを考える事も無く、そこで支配的な意見が「一部コミュニティーでの意見に過ぎない」という可能性を考慮せずに、突っ走ってしまった。


よく、2chのUO本スレッドがまたーりしてる・・・という意見を見かける。私もそう思う。最近書き込みもできない状態が続いてしまって真に申し訳ない(イルイル探検隊とかの頃は、参加してたんだがなぁ)
基本的に署名のない投稿の連なりで、誰も意見の統合などは目指していなさそうに見えるカオスの中でも、結果として署名の背後にある権威とか付帯的なデコレーションを無視し、純粋に意見だけの交換を行う事である種の合意は完成するものなのだと思う。
ここで有名人の逸話を挙げてしまうのが情けない所ではあるが・・・ファインマンの著作にも、ボーアなどの大学者を前に意見を意見として扱い、異論を何も考えずにぶつけるのは僕だけだった・・・なんて逸話が出ている。純粋科学方面の討論とはこの様な「発言者などを問わず、意見をただ意見として扱い、それに対して単純な意見をぶつけ合う」姿勢が重要であると、私は思う。コミュニティー意識を強く持ちすぎたために「討論」がgdgdになるのは避けるべきであろう。
また、鼻行類という奇書が存在するのだが、その奇書の刊行後の顛末を記載した「シュテュンプケ氏の鼻行類 分析と試論」という書籍の中に、学校の教育者でありながら学問の何たるかを弁えぬバカの意見が掲載されている・・・言い方を変えると「晒されて」いる。
その人物は「権威ある大学者がおふざけでこんなもん書いていいと思ってんの!」と噛み付くわけであるが、実際の学者連中はそれこそ大笑いである。権威があるから正しいとか、皆が信じているから正しいなんて論考自体が科学という分野の中ではナンセンスで、誰が書こうとその論述内容が正しいか否かで意見を戦わせるのが、科学の手法の中では正当性のある方式である。その意見を述べるに当たって書き記された「署名」などというものは「俺はこう思うんだけど」程度の意味合いでしかない。(後は、「じゃーこれどーなのよ?」と思ったときの問い合わせ先としての意味・・・ぐらいのものか)
署名に化かされて内容を精査しない連中なんてのは、実のところ科学という分野から最も遠いところにいる。別に全ての人々が科学的である無しで有意無為を判断する必要などというのはこれっぽっちも無いのだが、現段階において思想信条信仰その他を別にしている人々の間でも、意見を理論的に構築して合意に達することができる手法が科学的手法である事は間違いない。共通の感覚をもった人間の集団をコミュニティーだというのであれば、現在世界最大のコミュニティーを形成し得るのが科学的な手法を駆使する(科学的な感覚を共有した)コミュニティーであることはまず間違いない。

この様な長々とした能書き部分は、実のところ彼が宣言する前から気が付いていた。
そしてその自分の分析結果から「このコミュニティーに属する意味は無い」と判断して、私はあそこのアカウントを削除するよう求めた。


あの場所の諸兄におかれては、語義通りの「コミュニスト」として「コミュニズム」を標榜し、共産革命でも目指すといいのではないかと思う。多分マルクス大明神のご加護があるであろう。

木曜日, 3月 04, 2010

ヒョウタンかユウガオか?

ちょっと参考事例として、うおみんに投稿した文章をこっちに採録。

これも図書館行って調べて来た。(ズーギファンガスの話はこっちにのっけた http://uomin.com/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=...
調べた本にはこう書いてあっただよ・・・

「平凡社 世界大百科辞典」より
ヒョウタンウリ科の一年草。ユウガオの変種。一般には腰のくびれたユウガオ科の果実をヒョウタンと言い・・・(後略)

「朝日百科 世界の植物3」より
乾瓢(カンピョウ)を甘瓢とも書くのは、ヒョウタンは苦いがユウガオは甘いからである

「研究社 新英和大辞典 第6版」より
gourd
1.ウリ科植物の果実 
 a.キュウリ、スイカの果実(Pepoとも言う) 
 b.ヒョウタン(bottle gourd)の果実(Cala bashとも言う) 
 c.ヘチマ(dishcloth gourd)の果実 
 d.(英) pumpkin
2.a.ひょうたんで作った容器 
 b.ヒョウタンの形をしたフラスコ

まず、日本語の「瓢箪」からヒョウタンは草木の名前であると共に、器の名称でもある。まず、果実としてのヒョウタンだが、ユウガオ科である事は確定。本によってユウガオの変種としていたり、独立した草木であるともしている。
主に食用にするのはユウガオであり、ヒョウタンそのものは食わないらしい(苦みが強いんだそーな)
また、「容器としてのヒョウタン」だが、これはユウガオ科の多くの植物を原料として作られ得る。植物としてのヒョウタンは容器としてのヒョウタンと全く同じものではない。これ重要なんで注意。
で、翻訳をする際には、我々が指し示すヒョウタンが植物としてのヒョウタンなのか、いれものとしてのヒョウタンなのかを区別する必要がある。
容れ物としてのヒョウタンはgourd bottleであろうし、食い物としてのヒョウタンは(英語では細かく規定して無いんで)gourdに該当してしまう。
んで、今回は「食えるもの」としてgourdの語が当てられているので、厳密にはキュウリやスイカ、ヒョウタン、ヘチマ等の可能性が捨てきれないが、その画像を見る限りは「丸型のユウガオの実」と判断できない事も無い。(書名メモってくるの忘れたが、イラスト付きのアラマタ書籍でユウガオの事が記載されていたのだが、それが正しくUOのあの画像だった)
と言う事で、gourd=ユウガオは間違っていないし、そもそもヒョウタンは食わない(世界各国で容れ物として活用される植物の模様)そこまで調べたのかどうか知らないが、EAJは結果的に正しい翻訳していると思う。

で、こんな事を再掲している理由だが・・・
ツイッターである翻訳の誤訳に可能性をフィードバックで指摘しましたーって呟きみたんだけど、個人的に(知的好奇心として)興味があるぞと。また、恐らくは色々調べ物をして記載しているとは思うのだが、世間には「そんなの当たり前じゃんか」と論拠を提示しないで誤訳だ語訳だと騒ぐ連中が多いのである。一見誤訳に見える訳語も、色々調べると正しい訳だったなんて事もあるし、正しい訳を知った上で、イメージ的にどうよって話も無い訳ではないだろう。
「そんなの当たり前だ」とやっちゃうと、多人数でその語を検証する事が出来ないのだ。
多人数で検証する必要は無い。俺は正しいと主張するならそれはそれで別に構わんと言うか、穏やかに無視するから良いのだが、正直UOでも公式批判ってのはやたら燃え上がる。燃えあがってるのに焙られて、見てる連中まで燃えあがるから困ったもんだ。論拠レスなのに。

否定するなら否定論拠を明示するの当たり前だと思うんだがなぁ。
私はアイテム名称日本語化大賛成論者である。だって俺英語嫌いだもん(話せるけど)
嫌いなりに海外シャードからの旅人と話したり、実際に交流したりもする。その経験と能力とUOでの経験に照らして、アイテム名称を日本語化すると海外シャードの人とコミュニケーションできないってのは超嘘っぱちだと思う。
でも、そんなウソ臭い論も燃えあがれば大衆の支持を受ける事が出来るのだ。自論をそういう類のフレームと思わせない為にも、理路整然とした理をしっかり記載して、多数の人間の検証を受けるべきだと、私は思う。

月曜日, 3月 01, 2010

何の為に支援するの?

某所ネタ。

ピアレスボスとか討伐する時に、支援している人がアイテムゲッチュできないのはアレなので、戦闘支援をレアアイテム取得の算式に加えて欲しい、と。

俺の現状1
皆で遊びに行くと、アイテムはサイコロ分配。例え討伐に多大なる貢献をしていたとしても、さいころは非情である。

俺の現状2
て言うか、油の抜け切った連中が多いので、アイテム欲しがらない人も多く・・・SAAFとか「イラネ」で放置される様な事もしばしば。

俺の現状3
私が生産素材とか取る時は、だいたい後々そのアイテムを必要な人に再配分する為に取得している。戦利品誰も取らないって言う状況は、ぶっちゃけ余り良く無いし。(レシピアイテムはレアアイテムなので今まで一回も作った事無いよ!)


原案提案者に一言
仲間を選べ。
仲間を支援する事が楽しいのであれば、その楽しみを追え。アイテム欲しけりゃ欲しいって言え。
つか、自分の意思を他人に伝えられないってのは・・・人間としてどーなのよ?


補足:サイコロ勝負で私が取得に走るもの
*スシの魚(トラベスティのアレ)
*SAボスどもの遺品とか
*ドレッドホーンの首とか
*高機能鉄鎧類
*高機能ロンソ


代案
欲しけりゃ欲しいと言うと良い。それでもくれないなら自分で何とかせー(つか、そんな連中とつるむなよ・・・) 自分が声出して主張すりゃ済む話を仕様に還元するのはどーなのかと思う。その内自動的に他人の高感度を上げる様なSayマクロの実装とか、装備整ってればボスを自動討伐するプログラムでも要求してくるんじゃなかろうか。


前々から思ってたが・・・あそこの常連さんたち、人とつるむの苦手だったりしないか?
どーも色々な話の論点がソロで遊ばざる得ない人々の視点であるようにも思えるのだが・・・・

水曜日, 2月 24, 2010

100P本を使ってみた

男は度胸、なんでm(ry

こんばんは、俺です。
ツイッター方面でUO本の話が結構出てた。インデックス付けろって話を見かけて、正直「何故?」野荒しが頭の中で吹き荒れたりした。

そーなんである。
私、読み飛ばせる程度の「短編」(自分じゃ長いと思ってるが)ばかり書く人であり、40ページ本数冊に分冊されるような大長編なんて書いたことは無いのである。当然インデックスの必要性など露ほども感じたことは無い。

で、せっかくそういう話もあったわけだし、実際がんばって100P本を使ってみることにした。
使ったのはIron Armというお話。40P本x3冊で販売していた物語。
色々と頑張って93ページぐらいまで使ってみたのだが・・・

だりぃ

すまん、正直な話ダルい。これ実際にUO内で文言まとめてたら飽きるわ・・・
で、書きあがって校正段階。再度自分で読み直す。タルい。

ぬぬぬぬぬぬぬ。
これはイカンな。凄く使い勝手が悪い気もする。
(UO本自体が、扱いにくいものではあるが・・・)
ぶっちゃけNotepad(Windowsのメモ帳)で文章仕上げてUO内で編集するようにしたらいいんだろうが・・・なんかなー

正直、慣れという要素も大きいだろうから判断保留するけど、慣れないと使いにくいってのは初心者本屋/作家にとって、凄く厳しくね?
正直、作家はインターフェイスの習熟する暇があったらもっと文章書くべきだと思うんだ。ツールに過ぎない「書き込み」の部分はもっと単純化されていい。

そんなとこで。

火曜日, 2月 23, 2010

ちょっと待て、いろんな意味でちょっと待て

待ってると思うし、発言意図はある程度彼らに伝わっていると思うので・・・蛇足といえば蛇足だが。

ツイッターの活用を余りに急激に促進すると、そこが目安箱みたいになって色々危険が危ないぞ。
まさかレスが付くと思って居なかったので実は少し狼狽したのだが、今後は私もこの手の発言には気を付けたいと思う。コミュニケーションと馴れ合いは違うし、そうではないと思っていても、思い込む奴は容易に思い込む。思い込ませたら負けだ・・・

昔は「思い込んだら・・・試練の道を行くが男のど根性」だったのだが。

何かの提案は、ある程度まとまった形で投稿される方がいい。ツイッターだと話の流れを掴むのに若干苦労が必要だと思う。 #UO_JPNって何の呪文だと思った奴は俺だけじゃないはずだ。
みんながみんな、新し物をすぐに使いこなせるわけでもないし・・・
むしろBlogやHome Pageでの告知を推奨すべきではないか。その傾向を強めるべく、私も少しこっちに投稿を行うようにしていきたいと思う。
そっちも素案だけでどーとでも取れるようなアイデア羅列されても困るだろう? そんな事するなら公式フォーラム復活させてしまった方がいいかも知らん。(どっちにせよ荒れると思うが)


で、本関係のアイデアはあっちでメガネとトマト(作戦用呼称)がいい感じで動かしてくれることを願うとして、少し戦闘関係を。
ベヨネッタのPVとか見てたんすよ。あのモーションかっけーな。
髪の毛がうねうねうね~~~っと伸びて化け物になるシーンは超びびった。あの発想は凄い。ああいうはったりの利いた敵と戦ってみたいもんだ。
前にも他で書いたけど、UOの戦闘は動きが少し地味というか地味すぎるというか、ファミコンレベルなので、そこで何が行われているかを知る手段が少ない。少し大仰な絵を入れてもいいのではないかと思う。あと、人間側のモーションの拡充。SpMのモーションはもう少し特徴があってもいい。つーか張り付いてると手をシャコシャコ動かしてる謎の人になり、Hit & Awayをしていると走り回ってるだけの謎のおじさんになるという部分、改善しないとユーザー作成コンテンツが凄く地味で集客効果なくなると思うんだよ。ニコ動でUO関係の戦闘見てても、特に大きな感動を抱かないンよね。
モーション地味だから、UO知らない人が見たら「ナニコレ」で終わると思うわけで。
UOプレイヤーは呪文詠唱の文字とか色々な要素で「そこで何やってるか把握」し、「強い敵を倒したという事実」でスゲースゲー言えるけど、そーで無い人には訳分からんぜ。
戦闘シーンで万歳したり(そこでウラーとか叫べ!)、首を振ったりするモーション入れるだけで戦闘での「物語の作り方」が変わる。巧くやればプロレスだの剣闘士だのの真似事もできる。
魅せる戦闘ができる。これは凄い重要。
強い敵をコテンパンにするだけではなく、対戦格闘ゲームの様に「魅せて、勝つ」を実践できるようにすると、宣伝効果高まると思うんです。巧く戦えたらニコ動やYouTubeにアップロードしたくなるのは人の常。そこでかっけー戦闘シーン見たら「お、面白そう」と思うんじゃないか?
そこで競うようにして「かっけー戦闘」を皆がアップし出したらこっちのもんだ。勝手に耳目を集めて勝手に人が入ってきてウハウハですよ(脳内花畑)

しょーじき、今の状態では本書いて二次創作っぽく戦闘を脳内保管させた方が格好良くはあると思う。
ガーゴにもう少しモーションあればなぁ。一つ一つのモーションは格好いいのになぁ。
現状でできる最大のことを、とりあえず試しておくべきだろうか・・・?
SAクラ弄るなら、自宅の重量級マシンを使わないといけないのが億劫だが。



最後になったが、企画提案。
モノホンの作家/漫画家に、UO本書いてもらおうぜ。
それ、実際にUO内で売ろうよ。
青本一冊分の短編というか、ちょっとしたスケッチなら安価じゃねーの? (むしろ難しくて高騰するか?)
塩野七生さんとかにUOに出てくる船を題材にちょちょいと書いてもらうとかさ。
篠房六郎 (アフタヌーンでネトゲ漫画書いてた。空談師とか)にチャリッと小編書いてもらうとか。
個人的には以前UOやってたと宣言しているヴァンパイア漫画のあのお方に、ちょちょいと書いてもらえたら凄く興味深い(色々な意味で)話持ってくると思うんだけど。(8割の確率で「包帯おじさんリターンズ」とか書きそうだ・・・)
書くの断られるようだったら、現役の実際のなんか賞取った作家にUO本の添削してもらうのどーよ?
色々な意味で、宣伝にはなると思うが。

土曜日, 1月 02, 2010

UOの優位性とかその辺

この前どこかで「最近のMMORPGはみんな画一的。なんでUOみたいなの作らないのか?」と言う、ベリーデンジャーで「お前、絶対にその言葉の意味理解した上で煽ってるだろう!」という文章を見かけた。
この言葉を吐いてるのが、今のUOの開発Topだったりするから侮れない。
UO開発陣は、実に有能な連中であると思う。

UOの今の仕様は、12年以上(最初期の開発期間あるからね)の長きに渡り、テストとデータの追加を行い続けて来た物である。普通に考えて、今から12年間とか掛けて情報をここまで追加し、システムを整備して作り上げて来た物であると言える。今から12年計画でMMORPG作るとか言ったら、絶対に資本家は金出さないと思う。年間いくらの予算でやるか知らんけど、年間1億円(500万円クラスの年収の人間20人)でやるとして12年で12億円。実際にはこんな少ない予算じゃゲームにならんと思う。つまり、絶対にGoサイン出ないw
更に、12年でUOをプレイした総人数が生み出す各種の伝説や噂、マーケティング効果も侮る事は出来ないし、タイトルそのものにも価値がある。
もしも私がどっかの偉い人で、部下が「UOみたいなの作りましょうよ!」とか言ってきたら、
「お前味噌汁で顔洗って出直してこい。UOみたいなのじゃなく、UOとここが違うとか、ここが売りだとか、そういう部分作ってから再提出!」
と声掛けると思う。

そういう部分を想定した上で、例の偉い人はそういう事言っているのだろう。
実質、UOのみがそれを為し得る/UOはここが凄いんだと言う宣伝であるのだと思う。(そして恐らくは、UOを存続させる為に上層部への説得として作成した言葉なのではないか?)

月曜日, 11月 16, 2009

たまきさんトコ見て

これね



でも、もし彼女がこの場所に戻ってきてくれたとして、この焼け跡を見たとき、いったい何をおもうだろうかね?



ここを読んでくれているみんなはどう思う?


ぶっちゃけ、こうしました。(記録によれば、今年の8/15の出来事らしい)
うちのキャラの中で恐らく最大級に感受性・・・と言うか妄想壁の強い彼女。勝手に拡張工事までしてました。
しかし残念なことに、彼女は内装センスが皆無なのであった。

でもね。
やる事が大切なんだぜ。

土曜日, 11月 14, 2009

最近のUOとか

なんか赤字が云々で騒いでる連中が居るんだって?

EAは米国屈指のゲームメーカーで、日本で言ったら任天堂だぞ。しかも資産規模はソニー本体並みだ。ソニーも赤字だが、別にソニーの事心配するような奴は居ないと思うのだが・・・EAはそこらの会社より全然体力あるんだから、そんなに心配するこっちゃないと思うんだけどねー

と言っても、EAが無事である事とUOサービスが存続する事はイコールではないのである。EAにとってオンラインゲーム事業は事業の一つに過ぎないのであり、EA本体存続の為にUOなどを敢えて切るという選択だって無い訳じゃない。我々にとって大切で特別なUOを、他人が同じ様に見てくれるとは限らないのだ。開発陣だって、UOの日本でのハンドリングを任されているEAJだって、そんな事は説明するまでもなく重々承知しているだろう。

承知してないのは、結局のところユーザーぐらいのものなのである。


以前からEAJに対する批判やEA本体、或いはOSI時代のOSIに対するDisは世間に溢れていた。
分っちゃいねーとか、改悪だ!とか。
結局ユーザーは自分の好きなUOにだけ固執し、自分が好きではないUOの側面に関しては無関心を装う。自分の好きなものは他人も好きに違いないと勝手な脳内妄想を事実として理論展開するのである。私のように「俺の好きなものは俺の好きなものに過ぎず、他人は恐らくそれを理解しない」という諦観から物を考える私とは、この辺が異なるのだと思う。
昔はAoS批判なんてものが存在した。数値化した為に人々は数値に拘り云々・・・という奴だが、私はその数値に依存するという部分をある程度論破する事が出来る。じみーーーーに色々と記載してきて今では随分その見解も広がってきたと思う。(AoSでサンソードが入れたものの中には、ハウスカスタマイズとかもあるんだぜ! とかな)
近年ではアイテム名称の日本語化とかか。お前ら英語が云々抜かす癖に、全然英単語の意味しらねーじゃねーか! みたいな。

ユーザーが一番UOを知っているという見解自体が、そもそもおかしいと思うのだ。
むしろユーザーはUOの一側面しか知り得ない。その分際を弁えて論を進めろと。

でね。
ちょっと最近になって、ユーザーの意見を拾い上げるパターンが多様化してるのかなと思わせる部分がちらほら見え隠れしていると思うんだ。EA開発陣からEAJ辺りにユーザーの意見を取りまとめるように指示が来てるのか、EAJが積極的にユーザーの意見を反映させるように働きかけているのか。
ここで注意しなければならないのは、ユーザーの意見だからと言って彼らは全ての意見を等価には見て居ないだろうという点。妥当性や正当性、理論的整合性をしっかり勘案した上で、色々な可能性を拾い上げているように思える。先にも述べた様にユーザーは全ての面を見通す神通力なんぞ持っていないのだ。
実はKRの頃はこのフィードバック部分が若干弱まってた感じがするのだけれども、これってEAJ内部での人事がゴニョゴニョなのかな? ・・・色々毀誉褒貶が大変な時期だとは思うのだが、是非ともY氏には頑張って頂きたい。


総体的に見て、UOは今いい方向に随分勢いよく進んでいると思う。
然しそれはユーザーが頑張ったからではなく、開発が上手く舵取りして漕いでいるからだ。
これは別にユーザーを下に見る発言ではない。逆に我々ユーザーが適切に妥当な意見を上手く出す事が出来れば、もっともっと加速する事が出来ると言うだけの話。
今は開発がガレー船の様にひーこら言いながらオールで漕いでる。
彼らの張った帆に風を送る事が出来るのは・・・ユーザーである我々ぐらいのモンなんだぜ。上手く風送れば漕ぎ手も楽できるし、UOという船は大波小波を乗り越えて、新たな地平にたどり着く事が出来るかもしれない。


ただ、風だからっていって帆がぶっ壊れるほどの強風だけはカンベンな!(苦笑)

木曜日, 5月 07, 2009

ちろっと個人的な欲求

最近日本だとニコニコ動画とかあるやないですか。
で、ゲーム関係でも動画とかのコンテンツ流行ってるじゃないですか。

UOにMP4で高精度でのエンコ機能備えて、んでニコニコ動画に最適なフォーマット可能なキャプチャプログラム仕込んでくれんかのぅ・・・


今ね、少しUO:KRでマラスとか走ったんですよ。
あっという間に10GBのファイル出来ましたわ。
しかもKRクラって基本全画面なんで、キャプチャプログラムでうまい事範囲指定できない。
なーんかねー

SAでユーザー層集めるには、ユーザーに簡易なコンテンツ作成機能を与える事から始めると良いと思うんですよ。動画でもいいし、3Dモデルの作成機能(&それを何か背景と融合させたりできるとグッド)でも良い。そういうもんの簡単な作製法を教えないと今のユーザーってコンテンツを作ろうとしないんじゃなかろーか?
ボタンポチれば俺様キャラの格好いいところ動画にできてニコニコにアップできる! (Youtubeでもいいけどさ)・・・こういう餌が必要なんでね?

あとさ、UO本のフォーマットがKRクラと2Dで全然ちゃうやんけ。
これ統一してよ。
物書きとして困るよ。2Dクラで作成した本、KRlクラで見るとすっげー悲しい。

火曜日, 2月 24, 2009

言葉が通じるってのはどういう事か

難解な話をするとまた内容を把握できない人がいるかもしれないが、書く。

例えば天気の話をするとしよう。今日はうす曇りである。
これを聞いた/読んだ諸兄は「うす曇り」と言う言葉からその日本語に該当する天気の概念を己の脳内から引き出し、私の意味する言葉の内容を把握する。
しかし、その概念が「受け手の脳内」に無い場合はどうなるか?
例えば、「私はそんな話を聞く度に、トリプルロック・バプテストチャーチの屋根上の十字架の様に首をかしげるのである」等と書いた場合、「トリプルロック・バプテストチャーチ」を知らない人は、深く首かしげているのか、軽く傾けているのか理解できない。

言葉と言う物は、同じ概念を脳内に持つ場合にのみ、コミュニケーションの道具として使用する事が可能になる。多くの日本人諸兄が私や他人と相互理解を成立させる事ができるのは、私や貴方が日本語を生まれてこのかた何年も使い続け、日本語の概念を大体において正確に把握しているからなのである。そしてその「多くの人が知る意味範囲」を逸脱した「トリプルロック~」の表現は、多くの人にとって「意味不明な語」になってしまう。
そして、その「脳内に存在する概念」は多くの場合望む/望まぬに関わらず、生育した文化的背景の影響を受ける。これは言葉が文化の一側面を担うために発生する問題であり、これを自覚しなければ思わぬところで苦境に立たされる事もある。

雹と言う自然現象がある。氷の塊が降って来るアレだが、英語圏ではなんと表現するだろうか?
アイス・ストーム(Ice storm)辺りがほぼぴったりの訳語になるだろう。では、霙(みぞれ)は何と訳す?
実のところ、そのままぴったり当てはまる言葉は無い。(ちょっとここ大ウソだった。今調べ直したらsleetって動詞があるわ。霙が降ると言う概念自体は英語圏にもあるらしい。英語圏の人スマンス)
日本人(日本文化圏)を含むいくつかの文化圏では雨と雹と霙を明確に分けて考えるが、英語圏では霙を他の天候と「区別しない」のである。そもそも先方にそういう概念が無いのだから、単語一言では無く、シャーベットが降って来る状況だとか、色々と概念を伝達するのに工夫を凝らさねばならない。 日本語には存在する概念が英語には存在しない事もあるし、それとは逆に英語圏ではきちんと区分されている概念が、日本語では存在しなかったり一緒くたにされている事例もある。
貴方がもしも「親父にカミナリ落とされた」と言う話を英語圏の人に伝える場合、日本語で無自覚に「雷」と表現しているものが「雷鳴の様な親父の怒声」なのか、「稲妻の様に早い親父の鉄拳制裁」なのかをきちんと把握し、ThunderとLightningを使い分けなければ、その意味するニュアンスは伝わらないのである。

余談:私は何故か「貴方は稲妻の様に~」のあの歌の「ユア ローリング サンダー」の部分を聞く度に「ローリング→ゴロゴロ→雷ゴロゴロ」だからサンダーなのかーっ! と変なイメージが湧いてきて笑ってしまう。脳内では高木ブーがゴロゴロ回っているシーンを思い浮かべる。

言葉と言うものは、結果的にその文化圏が世界をどのように見ているかを指し示す。
異なる文化圏/言語圏の人々は、同じ世界を異なった眼鏡をかけて見ていると言っても良い。コミュニケーションとは「互いの脳内に同じ像を持たせる」事を目的として成立している。
乳幼児が「ママ」と言う言葉を覚えた際、父親に対しても「ママ」と呼びかける事があるが、それはママと言う言葉の指し示す意味範囲が正確に脳内に刻まれておらず。「身近にいる人=ママ」あるいは「大きい人=ママ」等と誤った形で語義を設定している際に発生する現象である。これは言葉を使って行く内に「世間一般で言う所のママ」の概念を習得し、是正されて行く。そしてこれは長じて後に他言語を学ぶ際に、我々が行っている行動でもある。
最近はどうなのか知らないが、私が中学生の時最初に学んだ英語は「This is a pen.」であった。
この際に、thisとは日本語で言う所の「これ」を指し示す語であり、指示する物の数が単数の時に用いると言う事を学んだ。それに該当する言葉はthatであり、these やthose等の言葉を順に学んで行く。そしてテストでは「正確にその語の指し示す意味範囲」を習得できていない場合、this とthatを取り違えたりしてしまうのだ。この際に注意しなければならないのは、この方式だと英語の概念を日本語に置き換えて習得しているという事である。乳幼児が行うように語を覚えてから概念範囲を修正していくのでは無く、最初っから語義を日本語で定義して覚えているのである。
これは日本における外国語習得が、多くの場合「文章を読む為」に行われてきた事と関係している。我々は古典中国語を日本語として理解する「漢文」と言う勉強を行っている(そしてこの訓練が台湾で新聞を読む際に微妙に役立った)、これは漢籍と呼ばれる中国からの学術書を読みこなすの必要な学問なのである。
そして現在(と言うか、私が学んだ頃の英語授業)の勉強法も、基本的には英語で記載された文章を理解するためのものであり、それほど表現を行う訓練に重きを置かれていなかった。

自慢話の様に聞こえてしまうかもしれないが、私は実はちょっとした英会話程度だったら普通に行う事ができる(台湾に長期出張した事があり、その際に英語でしかコミュニケーションを取る方法が無かったのだ。習うより慣れろ式で英語を習得しなければ「ならなかった」)、そして英語で話す際には脳内でも英語で思考している。今でもそれができるようになった時の事を覚えているが、それまで日本語の文章を考え、脳内で変換してから話していたのに…ある時ふと「脳内でも英語で考えている」と言う事に気が付くのである。それは全く自分で意識しない内に行われていた。自転車に乗る際、最初は後ろの荷台を誰かに支えて貰っていたのに、いつの間にか支えが無くても自転車をこいでいた・・・そんな感覚を思い出すと、私の味わった妙な感覚を理解しやすいかも知れない。
なんでも、日常会話を交わす程度であれば3000ほどの基本的な言葉の語彙をしっかり覚えていれば事足りるのだそうだ。これは言語に依らず…と言う事である。たまたま私もその頃に、3000語前後の言葉をしっかり習得したのだろう。中等教育で英単語を3000語覚えさせるのは、この辺りに由来していると聞く。中学校で学ぶ程度の英単語を本当にしっかり把握すれば、日常会話程度はこなせるはずなのだ。

で、英語をある程度自在に使いこなせるようになった訳だが・・・ここに問題がある。そもそも知ってる単語が少ない/偏っている私は、一般会話程度であれば英語で考えて英語話す事ができるのだけれども、英語で複雑な概念を考える事が出来ない。そういう単語を知らないのだから仕方ないのだけれども、世界人口に対する食料自給率がどーかなんて事を考えだすと、突然脳内自分会議が日本語で行われてしまう。
例えば、私は今感覚的に大体の英語の前置詞を語に適切か否かを判断する事はできる。日本語のテニヲハと同じ程度に「感覚的に」選択できる。そして何故それを選択するべきかをある程度「日本語で」説明する事もできる。脳内にそれぞれの前置詞の概念を了解していて、それを別の言葉で言い換える能力を持っているからだ。だからこの辺だけに限って言えば英語を英語のまま理解し、使う事ができると言っても良い。しかし複雑な語であったり、あまり日常会話で使用しない言葉に関しては理解できない。脳内にちゃんとした「概念の枠組み」が無いからだ。その概念を知らないまま、ある語の訳語として適切かどうかを知り、その上で英語を書いたり読んだりする事はできるが、その語に対して突っ込まれると、突然モニョる。英会話能力が出来の悪い小学生並みなんだから仕方が無い(苦笑)
然しながら
「私はやります」
「私がやります」
上記2文の指し示す内容の違い、ニュアンスの違いは日本語で説明できる。英語で似たようなニュアンスの違いを問われても殆ど理解できないと思われるが、日本語だったらできる。30年以上日本語操り続けているのだから、やはり「言語の習熟度」と言う意味において私は日本語の方が得意なのだろう。

どこぞで「英語を英語のまま理解する」と言ってた豪の者を見かけたが、彼/彼女のやっている事は英語を英語のまま理解する事では無く、ある物体に対して呼応する英単語を、そのまま何の考えも無く、「呼応する語」として暗記するだけの事である。What time is it now?を「ホッタイモイジクルナ」と理解することと同じであろう。そんな事してて英語でコミュニケーションできる様になる訳ないだろうに。意味範囲を意識する事無く単純に1:1で語を考えてたら上達するもんも上達しない。他言語がそんな単純なものだと思い込めるのは何故だ?
ありとあらゆる語や文章を、そうやって状況ごとにこじつけで覚えるつもりなのだろうか?
確かにそれは何かの拍子にコミュニケーションの役に立つ事はあるかも知れないが、そんなもんにご大層な理由をひねくり回して能書き垂れるその真意が分からない。これが英語が嫌いで嫌いでたまらなく、それでも尚なんとかしてコミュニケーションしなければいけない苦肉の策だと言うなら理解できる。でもそれなら日常的なプレイにおいて、アイテム名称等を翻訳した方が彼/彼女にとっても楽だろうし、そもそも海外プレイヤーとの接触機会などは殆ど無いのではないか? 機会が無いのにあたかも機会が多数存在しているような言い方は、フェアじゃないと思うぞ。

例えばもっと本当に根源的な意味で、「英語のままにした方が良い」事だって無い訳ではない。英語のままの方が相関性に気が付きやすい事とか、英語で記載された際のリズムや音韻構造が素晴らしい文章…英詩等であるが、これは訳文と英語原文をしっかり区分すべきであるとは思う。王様みたいに訳して笑いを取りたいなら別だろうが。おーれはー こうそく どうろの ほしーっ!
しかしそんな事までして英語を理解しないといけないと言う事は無い。それはその道のマニアであり好き物がやれば良いだけで、普通の人は普通にゲームを遊べばいいのだ。その際に言語が何かの障害になっているのであれば、それを取り除く事の方が先決であろう。多くの人にその指し示すものが正しく理解できる様に、その国の人々に分かりやすい言語に変更したり、概念を翻案する事はそのものを正しく周知させる為には重要な事ではある。少なくとも日本人であるならWater melonと記載されるよりもスイカと記載された方が理解しやすいだろう。カンターループとハニーデューメロンに関しては、そもそもメロンの品種について詳しい人間が少ないと予想される。その意味では訳しても訳さなくても構わないのだろうが、英語が得意で農産物に詳しい人間探すよりも、農産物に詳しい日本語しか話せない人の方が、条件的に「大勢である」可能性は否定できない。
英語に詳しければhoneyでdueなのだから、甘くしたたる果汁を想定して「すげー甘いんだろうなぁ」程度の類推はできるだろう。ハニーデューとしたらそこに気が付けないかもしれない・・・だってはちみつ汁だぜ?! …と言う話は、寡聞にして知らない。

もしも本当にアイテム表記が英語であった方が良いという意見に正当性や裏付けとなる事例が存在するのであれば、実例をあげてそれを説明できると私は考える。一切その様な話が出ずに、何かのお題目を挙げるかの如く「海外とのコミュニケーションが云々」とか聞いて損した気分になる様な話ばかりを見つけると、「お前ら実は英語でコミュニケーションした事無いと違うか?」とも言いたくはなるし、翻訳が嫌なら嫌でもっと別の説得力ある実例挙げればいいじゃないかと思う。賢しい真似して賢くなれる訳でも無し、もっと自分にあった方法で「嫌な理由」を書けば良い。英語が数多く使われているゲームだと厨房が寄り付かないとか、英語理解している俺様格好イイ! と自尊心を満たせると言うなら、そうか書けば良いじゃないかと思う。
例えば「名称変わったせいで、ベンダー内の見出し語を全部変更しなければならない。辛いからやめて!」と言う意見は至極尤もな意見であると思う。変なお題目よりもよっぽどそっちの意見の方が同調しやすい。恐らく探せばもっと「翻訳をしない方が良い実例」は挙げられるのだろうが、そもそも英語が実は嫌いだと思う人や、理論的思考ができない人はそう言う事をするのが面倒なのであろう。お題目あげていれば救われると思っている。

つーよりも。
英語圏プレイヤーとなんかする時、4uとかThxとかの方が障害になる気がするぞ。あれ、音写だから単語発音できないと理解できんし。ネットジャーゴン的な物の方が意思疎通の障害にならねーか? (事実、大昔のUOプレイヤーの文章見てるとそう言うの結構目立つし)