水曜日, 7月 02, 2008

俺的UO

某サイトの某記事に触発されて。内容読んでればどこのサイトに言及したものか分かる人は分かるだろう。

なんか戦士ばかりで、しかも世間的には「縛りプレイ」と言う風に見られがちな遊び方ばっかりしている私であるが、これって世間的にはどうなのよって話。
ぶっちゃけ、縛ってないキャラだってある事はある訳で。て言うか昔のNescaは各種制限が殆ど無い状態で遊んでいたキャラではある。はっきり言って制限を課さずにウリャウリャ俺つええぇぇぇ的な遊び方したって、Topクラスの俺つえぇerには敵わんしな(苦笑) そんな事する位なら世間的にはダメキャラであったり趣味キャラにすぎない純戦士とか純武士の可能性探る方がオリジナリティーがあって自分自身楽しいという側面はある。そういう縛りプレイ的な事をする上でシステム見直すといろいろな物も見えて来るしね・・・世間で吹聴されている各種の戦闘システムに関する誤謬なんて実に酷い物であった。正直開発陣も少し誤解している所あるんじゃないかと思うぐらい戦闘に関する考察は薄い。これは世間様がコンセクエネワンを常に前提にしている為に発生する問題ではないかと思うのだが、どうか。

最大の問題点は、純戦士弱いって話。
極端な事いえば、装備限定無しの純戦士は汎用性こそ無いかも知れないが、そこそこ強いのである。一部のタリスマンでダメージズンドコ増えちゃう敵に関しては騎士キャラ並みには戦えるし、ヤマンドン辺りになると下手したら安定して殺せるという部分でHit & Away戦士の方が張り付き白豚なんかよりもよっぽど強いんじゃないかと思う時さえある。実際やってみれって話だが、局地戦闘型としては純戦士の能力はそんなに劣ったものではない。ただし装備の最適化方法などが白豚なんかと異なるので白豚ばかり使っている人には最適化方法わかり辛いかも知れんね。

で、この間のハイブリ系の人間に指摘された「楽しみ方を制限している」とかって話だが・・・
私が否定したらその遊び方に価値がないと断じてしまうような人は別にして、普通世間一般では私の意見よりもパラリラな人々の意見を尊重する人が多いであろう。私のサイトにどれだけの影響力があると思っているのか。(実際にフォロワー数見てみれよ・・・確かに同じ方向を見ているサイトは少しづつ増えてはいるが、それが多数派になってるなら世間にもうちょっと純戦士増えるだろうよ:笑)
そもそもね、楽しみってのは個人的な主観が非常に大きい物で、さらにそこに価値観を見出す為には「価値判断基準」という物差しを世間様に提示しなければならんわけですよ。その俺的な価値判断基準を世間にさりげなく提示している(純戦士が楽しそうに見えるように、ある種の縛りプレイが成立し、それでも楽しめるように見せかける)のが戦技研である訳でして、別種の物差しで生きている人にはその楽しさが見いだせないのもむべなるかな・・・なのである。
インチ・フィートで世間を計っている人間にメートル基準でもの計っている連中が「基準値おかしい」って言い出すのは、そもそも「物事に対する物差しの違い」から発生する問題であって、根本的な「尺度の違い」を勘案しなければ会話が成立しないのである。て言うか、インチ・フィートも捨てたもんじゃないぜ! って主張している人間に「いや、メートル法の方がいいっしょ。て言うか当然でしょ」なんていう奴は行間とか空気とかいろいろ読んだ上で発言して貰いたい気分でいっぱいである。
俺が俺的尺度で俺的に最高に楽しい遊び方を説くサイト(しかもそれを世間に流布して俺的尺度の人間増やそうって試みてるところ)に訪れて、世間一般的な尺度を説かれても、サイト管理者困るだろう実際(苦笑) だから散々「じゃ、お前が楽しいと思うやり方あるなら自分のところで思う存分語れよ」ちゅー話を繰り返しているのだが、世間様は自分の気にいらない部分の指摘はするくせに、そういう面倒で厄介な部分に関してはシカトを決め込んでしまう。
まぁ、実際厄介だろうしなぁ。
て言うか、そう簡単に世間様に「別の尺度」を受け入れさせる事はできないよ。


過去から今に至るまで、戦技研とか実際にUOで遊んでる際の「副次的目的」ってのは、世間に俺的価値観を普及させる事である。その意味で「言葉にしにくいアレ」が伝わったように見える・・・そういうサイトを見ると「おっしゃミッション進行中!」と嬉しくなってしまう側面は確かにある。
UOプレイそのものよりも、それを通して「自分が言葉にしにくい何かを人に伝えること」。
これが今の私のUOで楽しいと思えること・・・なのかも知れない。

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